May 04, 2019

あなたのためなら

「人を疑わず、心優しいのがこの者の美徳なら、これは晴太郎の才だ。わたくしは幸次郎に相手をしてもらうから、茂市と新しい工夫のわらび餅とやらに、取り掛かりなさい」

「あなたのためなら 藍千堂菓子噺」田牧大和著(文藝春秋)

江戸の上菓子司シリーズの三作目。いつも菓子の工夫ばかり考えている兄・晴太郎と、商売上手の弟・幸次郎に、忠実な職人・茂市やしっかり者の佐菜親子が加わり、いつもながら細やかな情愛が描かれて気持ちがいい。それぞれ気象のタイトルがついた、書き下ろしを含む5編の連作。
特に今作は兄弟に因縁がある、いとこのお糸が魅力的。身勝手な父に強く反発しつつも、菓子司の総領娘であることに誇りと熱意をもつ。謎の婿候補・彦三郎にその屈折した胸のうちを見透かされ、恋とはいえない微妙な思いが通う。そして意外に血なまぐさい事件に巻き込まれちゃう。ラストの幸次郎とのやり取りまで、ほろ苦くて凛として、なんとも絶妙な女性像です。
見事な上菓子作りのプロセスも興味深いけど、まかないおやつで頻繁に登場する金鍔が楽しい。日本橋・榮太郎で頂いた、焼き立ての美味を思い出します。いろんなシリーズを手がけてらっしゃるけど、藍千堂、続けてほしい!(2019・5)

April 28, 2019

図説アイルランドの歴史

アイルランドの場合、ブリテン島内とは異なって、中世以来の「植民地」だという意識がイングランド人に抜きがたくあった

「図説アイルランドの歴史」山本正著(河出書房新社)

アイルランドの勉強第2弾は「ふくろうの本」シリーズの1冊。古代から2008年経済危機、イギリスのEU離脱までの実に数千年を、猛スピードで語っていく。解釈、感情を差し挟む余裕が乏しいだけに、イギリスの為政者に振り回され続け、ほっとする間がないさまが強く印象づけられて、読んでいて悲しくなってくる。ここには「妖精の国」なんていうロマンチックな要素はないのです。

発端は12世紀、ローマ教皇がヘンリ2世にアイルランド領有を許したこと。16世紀テューダー朝には植民が進み、開化を促すという「上から目線」を押し付けつつ、その実、落下傘地主たち(イングランド人、17世紀スチュアート朝にはスコットランド人も)は強欲に走る。一方的に土地を奪われたゲール系アイルランド人の間には、怨嗟が募っていく。もちろんクロムウェルらの容赦ない武力制圧もある。
これは世界中の植民地に共通の構図なのだろう。アメリカ独立戦争やフランス革命の時代にも、アイルランドの独立をめざす蜂起は挫折し、ついに1801年に王国に併合。このときお馴染みのユニオン・フラッグが、イングランド、スコットランド、アイルランドの3種の十字を重ねて誕生したとは、初めて知った。

「植民」のベースにあるのは、なんといっても経済の基盤たる土地だ。イングランド王の過酷な地代取り立て、被支配層内のエリート誕生による分断、戦費を提供した「投機者」への見返りとしての土地収奪と分配、18世紀からは畜産や毛織物、通貨といった貿易政策も… 18世紀には借地権をめぐる闘争「土地戦争」が勃発。このころ不在地主の管理人ボイコット大佐が地域住民から徹底的に無視されたのが、ボイコットの語源、なんていうミニ知識も盛り込まれている。
経済といえば、アイルランドに産業革命が起こらず、むしろイングランド経済への従属が強まったのは何故かと、疑問に思っていたけれど、それについて本書では通説の石炭不足だけでなく、工業よりもイングランドへの農産物輸出がアイルランドにとって相対的に有利だったから、と解説している(北部アルスター=北アイルランドではリネン工業やタイタニックで知られるベルファストの造船業も生まれたのだが)。19世紀には貧しい小作農の糧であるジャガイモが悲惨な飢饉に見舞われ、実に人口の1割強、100万人が亡くなり、同じ1割強が食い詰めて海を渡る、という過酷な経験もしている。

20世紀初頭以降の歴史は、覇権国イギリスの政治・軍事情勢の変遷に、アイルランド内のカトリック・ナショナリスト、プロテスタント・ユニオニストの対立が重なって、勢力図が複雑に揺れ動く。ねじれにねじれて、一読しただけではとうてい把握できません。しかし当時を源流とする私兵組織の活動が、ごく最近の悲惨なテロリズムにつながるとすれば、あまりに根深い、ということだけは、強く印象に残る。
1916年イースター蜂起、1920年ダブリンの血の日曜日、内戦をへて1937年エール憲法でようやく主権国に、そして中立を貫いた2次大戦後の1949年、ついに共和国となり、コモンウェルス(英連邦)からの離脱に至る。その過程では、外交官レスターが国際連盟の舞台で小国の顔となり、1946年に1日限りの事務総長に就いた、といった逸話もある。弱者の知恵。感慨深いなあ。
長い歴史を通じて戦って独立、といったスカッとしたドラマがない分、キューバのような全滅もない。負けても負けを認めなければ勝ちも同然というような、しぶとさも感じさせ、なんだか日本の民族性にも一脈通じるような。

「ケルトの虎」と呼ばれた1990年代の高度成長の後にも、文化的にはびっくりの解説が残っていた。例えば離婚は、1994年の国民投票でようやく合法化された。しかも0.56%の僅差。16世紀にヘンリー8世が離婚したさにカトリックに決別したイングランドとの違いが、胸に染みます。
そして巻末に至ってダメ押し的に重いのは、北アイルランドの悲劇が決して終わっていない、という厳然たる事実。1972年血の日曜日事件、1981年のハンストなどをへて、過激な闘争で知られるPIRAの武装解除が完了したのがやっと2005年のこと。分断の象徴「平和の壁」は今も残るという。そこへまた、イギリスがEU離脱で揺さぶりをかけるとは、なんと愚かなことか、と言いたくなっちゃう。平成の最後に、なかなかヘビーな180ページでした。(2019.4)

 

April 17, 2019

愛蘭土紀行

どうやら、アイルランド的な性格というのは、そのまま演劇になる。

「街道をゆく 愛蘭土紀行Ⅰ Ⅱ」司馬遼太郎著(朝日文庫)

2019年のテーマをアイルランドと決めて、手始めに読んでみた。1987年から88年に週刊朝日で連載された紀行の文庫版。シリーズ全43巻のうち海外渡航はけっこうあるが、中国などアジア、南蛮のフランス、スペイン、オランダはわかるとして、ニューヨーク、そしてアイルランドに行っているのは意外だった。どうやら著者のアイルランドへの関心は、人口わずか数百万の島が、イェイツ、ジョイスら多くの著名作家を生んだあたりにあるようだ。

もっとも冒頭の4分の1強は隣の英国にいる。なるほど、英国支配との関係を踏まえなければ、アイルランドは語れない。連載で繰り返される「まだロンドンにいる」という書き出しが可笑しい。
英国支配といっても、声高に歴史の悲惨や理不尽を論じたりしないのが、この著者の魅力的なところ。古今のゆかりの人物、そのエピソードを自在に駆使して、英国の高慢と、アイルランドのお国柄に近づいていく。例えばロンドンの端正さは心地よいけれど、この都市に滞在したあいだ、漱石は鬱気味になってしまう、とか。あふれんばかりの知識量と軽妙な筆致にひきこまれる。

ではアイルランドのお国柄とは何か? いよいよ対岸へ船で渡るべく、リバプールに着くと、そこは言わずとしれたビートルズの故郷。メンバーのうち3人はアイルランド系だ。著者は「音響がにが手」でロックを聴かないものの、彼らの毒のあるユーモア精神に、アイルランド気質をみる。例えば米国公演の記者会見で、意地悪にも「ベートーヴェンをどう思う?」と問われたとき。リンゴは「いいね」と大きくうなずき、「とにかくかれの詩がね」。この見事な切り返し。

彼の国の、山脈のような巨匠作家たちを読みこなす自信はなくても、本作でスカーレット・オハラやダーティー・ハリーもアイルランド系と知れば、その個性についてなんとなくイメージが湧いてくる。一本道の進歩とか発展とかからちょっとずれたところにいるような、饒舌と、幻想と、不屈。
ダブリンの街角からゴールウェイへの長いドライブ、そして酒場の時間。著者がアイルランドの旅を楽しんでいる感じは、正直あんまりしないんだけど、空気に浸ることはできる。アイルランドという土地の何が大作家を生んだのか、は探索を続ける必要がありそうかな。(2019・3)

 

March 02, 2019

雪の階

夕暮れの、一面が濃紫に染まった空の下、炎に炙られ焼け焦げたものか、それとも何かの疾病なのか、どれも一様に黒変した、ひょろ長い灌木とも棒杭ともつかぬものの点在する荒野を独り彷徨い歩きながら、寒草疎らに散るこの冷たい地面の下には、獣や鳥や虫の死骸が折り重なり堆積して居るのだと考えた惟佐子は、ふいに湧き起こって耳に溢れた音響に夢から現へと引き戻され、すると突然の驟雨のごとき響きは人々の拍手であり、高さのない舞台では演奏を終えたピアニストが椅子から立ち上がるところだった。

「雪の階」奥泉光著(中央公論新社)
2018年の話題作を読む。名手・奥泉光が今回選んだ文体は、美文調というべきか。冒頭の一文から、流麗につながり、捻れて、読む者を昭和十年の華族のサロンに引きこむ。
物語はロマンミステリー。伯爵令嬢・惟佐子が、親友の心中事件に疑念を抱き、幼い頃の「おあいてさん」だった新米報道カメラマン・千代子とともに真相を追う。清張ばりの時刻表の謎解きあり、国境をまたいだ謀略あり、まがまがしい神秘主義あり、ボーイズラブありと、味付けは盛りだくさん。自在に語りの視点を変える精緻なカメラワークも心地よく、600ページ近い大部を全く飽きさせない。
もちろんエンタメで終わらないのが、この作家の凄いところ。226に向かって突き進む不穏な空気が、全編を貫く。天皇機関説を巡る政局、目先の利益を追って、国を誤らせてしまう貴族や軍部。実際、歴史とはこんなものかもしれない。若者らしく夢を追っていた惟佐子の弟が、軍事教育に染まってしまうシーンの痛ましさ。
初出「中央公論」での連載開始が2016年3月号。天皇の生前退位の意向が報道され、「戦争のなかった平成時代」を印象づけたのが、その年の7月だから、問題意識の符合に驚く。
読み物としては、主人公の女性2人のキャラクターがすこぶる魅力的。惟佐子は謎めいた二十歳の美少女で、贅沢な着物をまとい、どんどん女ぶりを上げていく。同時に聡明で、数学と囲碁にしか興味がなく、俗な父や言い寄る男たちに向ける視線はあくまでクールだ。千代子は対照的に、溌剌としたキャリアウーマンで、その恋は平凡だけど、微笑ましい。終盤、ナチス的な極右カルトに取り囲まれた惟佐子が、千代子と交流することで、いまこの日常を生きていこう、と思い定める場面が感動を呼ぶ。

226といえば、傑作「蒲生邸事件」を思い出す。本作もまた、歴史に対峙する人々の、ちっぽけでも強靭な心が鮮やかだ。私たちはこの後、日本のたどった道を知っている。「無力だけれど、100年後の人間に恥じないよう行動したい」という恋人と千代子がやがて幸せになることを願わずにいられない。
柴田錬三郎賞、毎日出版文化賞を受賞。このミス、文春ベストテン入り。(2019・2)

December 28, 2018

1964東京五輪聖火空輸作戦

今日びの殺伐とした状況を考えると、「たかが火一本」を運んでくることに大勢の人々が一喜一憂し、持ち込む側も特別な意図を持たず、迎える国々も諸手を挙げて大歓迎するという光景は、まことに驚くべきことに思える。

「1964東京五輪聖火空輸作戦」夫馬信一著(原書房)
2020年の東京五輪までいよいよ1年半。前の五輪を振り返る良書は数あれど、聖火の空輸のみに絞ったノンフィクションというのは異色ではないだろうか。物流関連の業界紙記者といった経歴をもつ著者ならではの、マニアな内容だ。実際、読んでみると、知らなかったエピソードがたくさん。なによりメールもネットも無い時代に、ギリシャを発って約20日間、12都市に立ち寄り、いちいち歓迎式典やリレーを実施しつつ極東へ至るという、国外リレーの構想自体がなんとも気宇壮大だ。
2008年北京オリンピックで、5大陸130日間のリレーが各地で抗議行動を引き起こし、IOCが主催国外でのリレーを禁じたということも、初めて知った。敗戦から20年もたたない国が、戦後一気に発達した航空という手段を駆使して、ユーラシアでのリレーを敢行した事実が、今振り返ってもいかに画期的だったか。
当事者はもう亡くなっているかたが多いから、著者は当時の新聞記事や社内報や議事録などを丹念に掘り起こし、わからないことはわからないと率直に綴っている。遺族の協力で、私物の写真やら晩餐会の招待状やら貴重な資料の写真もぎっしり。図版は330点以上、いやー、近頃の紙の本は重いです。
そうして描き出されるプロジェクトの過程は、まさに紆余曲折だ。50数年前の国際情勢や、日本が置かれた位置というものを思い知らされる。
1961年には日産自動車のバックアップで、陸路踏査という無茶なプロジェクトが敢行されたが、ソ連の受け入れ拒否だの、ガンジス川氾濫だの、反政府ゲリラだのに直面する。空路以外にない、との結論に至ってからも、機種選定などが難航。暗黙のうちに、日本航空界の復活を象徴する初の国産中型機YS-11への期待が高まり、開発の遅れでいったん国外での起用は消滅したものの、ぎりぎりラストスパートで国内リレーに滑り込む。まさにドラマです。
本番の「国外ゴール」「国内スタート」は、復帰10年前の沖縄。米国統治下でも日本体育協会に加盟していたんですね。その展開がまた、ハラハラドキドキと同時に、何か複雑な思いを抱かせる。米国との調整など苦労を重ねて準備したのに、直前の香港を台風が直撃し、沖縄でのリレー実施が危ぶまれる事態となるのだ。史上初のアジア、しかも敗戦国日本で開催する五輪がはらんでいた、現代史の重み。
五輪ではリレー空輸だけとっても、今では無名といっていい、大勢の関係者が奮闘した。空輸派遣団の中心人物が、過労から本番中に左目を失明するという衝撃の事実も。いくらでも大仰な感動物語にできそうだけど、著者はむしろ淡々と、しかし温かい目線で描いている。個性的なつわものたちと、地道な現場力。ありがちなBGMを鳴らさず、装飾を抑制したマニアっぽい筆致が好ましい。
五輪というイベントが内外の政治や紛争や、巨額のマネーが動くビジネスに彩られていることを、誰もが知っている。ただ感動してはいられない。それでも何故か、希望を感じさせる。不思議だなあ。航空技術監修は東大教授の鈴木真二。(2018・12)

November 24, 2018

13・67

一般市民が白い世界で安心して生きられるように、クワンは白と黒の境界線をずっと歩んできた。

「13・67」陳浩基(サイモン・チェン)著(文藝春秋)
2017年に話題だった中国ミステリーをようやく読了。6編の連作で、1編1編では独立した本格推理が展開される。市街地での銃撃戦だの、子供の誘拐だの、毛色の違う舞台装置と、2転3転の頭脳戦に気を取られていると、ラストまで読んで、1本筋の通った骨太のテーマに驚かされ、うなった。
香港警察のクワン警視が、各編共通の主人公。物語は彼が死の床にある2013年から始まり、足跡を1967年まで、順に遡っていく。コロンボ並みの鋭い知性、犯人との駆け引きだけでなく、独断で規律を踏み外す。その強靭な信念は、いかにして形成されたか。
一人の刑事が生きてきた50年足らずの間に、香港という地域は政治に翻弄されてきた。1997年の復帰だけではない。英国統治時代に、メインランドの影響を受けた暴動が吹き荒れたり、警察で汚職が横行したり。
価値が揺れ、誰もが生き抜くことに必死な社会だ。警察が守るべき正義も激しく揺らぐ。だからこそクワンは、市民を守るという自らの軸のみを頼み、手段を選ばない。そして名刑事の原点にまで至ったとき、また別の軸も存在したという現実が、くっきりと見えてくる。
バブルだデフレだと言っても、体制転換の衝撃には及ばない。平成が終わろうとする今、そんな感慨さえ湧いてくる。香港の地理がわかるともっと面白いのかな。
台湾の出版社が主宰する第2回島田荘司推理小説賞の受賞後第1作とか。台湾も含め、華文ミステリーのヒット作に、HONKAKUが手を貸しているらしいことも、ちょっと嬉しい。天野健太郎訳、解説は玉田誠。2018年の「このミス」海外編2位。電子書籍で。(2018・11)

October 29, 2018

現代経済学の巨人たち

二十世紀に経済学は本当に科学として進歩したのだろうか。実はこの素朴な疑問に答えることは意外に難しい。

「現代経済学の巨人たち 20世紀の人・時代・思想」日本経済新聞社編(日経ビジネス人文庫)
お馴染みケインズ、シュンペーターから、ベッカー、コンピューターの父ノイマンまで20人。今更ながら、歴史的な著名経済学者の列伝を読む。
巨人たちの思想や功績、天才ぶりを解説した1993年の日経連載を、94年に単行本化、さらに2001年に文庫化。20年近くたって読んでも、引用の問いは決して古びていない。すなわち、果たして経済学に真理はあるのか。
もともとは当時の「やさしい経済学」欄に掲載した原稿というけれど、案の定、素人にとって記述は決して易しくない。著者のほうも吉川洋、猪木武徳ら、そうそうたる経済学者の面々だから、それも致し方ないところ。むしろ書き手の思い入れや主張がにじんでいて、興味深い。
ここで明らかになる泰斗たちの主張の開きは、経済学というノーベル賞も与えられるれっきとした学問が、現実の問題を解決するうえでは、決して普遍的な決め手にたどりついていないということの証しに思える。
20人の出身はバラバラだけれど、ほとんどが英米を拠点にして活躍してきた。そして21世紀の今、経済学は中国という、新たな経済大国の体制、仕組みをどう理解するか、新しい課題に直面している。英米という軸以外の新たな発想が求められるのかもしれない。
またGAFAに代表されるデータエコノミー、巨大プラットフォーマーの影響と制御も、前世紀の巨人たちの念頭にはなかったテーマだ。もっとも技術革新の帰結としての、富の偏在やポピュリズムの台頭は、いつかみた景色なのに、アカデミズムからは有効な対策が提示されてはいない。卓越した知性をもってしても、経済学に終わりがないのは、人間社会そのものの難しさの写し絵なのだろうか。(2018・10)

September 15, 2018

ラッシュライフ

想像をしてみろ。馬鹿な失業者はもちろんのこと、自分ではうまくやっていると勘違いしている泥棒や宗教家、とにかく、今、この瞬間に生きている誰よりも私は豊かに生きている

「ラッシュライフ」伊坂幸太郎著(新潮文庫)
積読の山から2002年出版、人気作家の第2作目を発掘。仙台を舞台に、裕福な画商やリストラにあった中年、空き巣狙い、新興宗教の信者ら5つの人物と、関わる人々の運命を描く群像劇だ。
登場人物はそれぞれに、人生の重大な転機に直面している。繰り返し登場するエッシャー「上昇と下降」が、そんな観る者の状況によって明るくも暗くも見えてくるのが、まさに騙し絵のよう。タイトルの「豊かな人生」の意味あいもいろいろだ。終盤にかけ、思わぬところで5つのストーリーが次々に交錯し、かつ時間軸の微妙なずれが種明かしされていくあたりは、超絶技巧ぶりに読んでいてクラクラする。
身勝手だったり絶望にかられていたり、共感できる人物は少なかったけれど、腕のいい泥棒の黒澤だけは魅力的。腕はいいけど欲は無く、人を食った物言いが小気味いい。作家の複数の小説に登場しているリンクだそうで、こういう仕掛けもファンにはたまらないんだろうなあ。(2018.9)

September 01, 2018

おれは非情勤

おまえたちは、もっとスケールの大きいことを考えろ。

「おれは非情勤」東野圭吾著(集英社文庫)
積読消化の続き。当代随一のヒットメーカーが、「秘密」(1998年)で大ブレイク前に、小学生向け雑誌に連載した学園ものだ。軽いタッチだけど、決して子供だましではないのがさすが。
主人公はミステリ作家を目指し、食い扶持のため非常勤講師をしている「おれ」。小学校を渡り歩きつつ、遭遇する事件の謎を解いていく。ごくクールで西部劇風なキャラ設定ながら、ラストで悩みを抱える生徒に一言、先生らしいことを言ったりするのが心憎い。
ミステリとしては暗号をキーにしていて、安定感があります。小5の「竜太」が主人公の2編を加えた8連作。(2018・8)

August 26, 2018

サウスバウンド

家族のいる心強さに、二郎は胸が熱くなった。もう一杯御飯を食べたくなった。ひもじい思いさえしなくていいのなら、家族がいる限り、どこだって住めば都だ。

「サウスバウンド」奥田英朗著(角川書店)
積読発掘の続きで、手練の2005年作を読む。爽やかな成長と家族の物語。読めば必ず沖縄に行きたくなる。
主人公は小6男子の二郎。育ち盛りでお腹が減って仕方がない。自称作家の父・一郎は家でぶらぶらし、税金も社会保険料も払わない変わり者。実はかつて、名のしれた左翼の活動家だった。二郎は父に振り回され、散々な目にあいながらも、その自由・独立を求め、軋轢を恐れない強烈な個性を理解し、肯定していく。
子供が語り手の小説って、時に可愛い過ぎてちょっと苦手なんだけど、二郎のキャラはさほど無理なくヒネていて、さすがリーダビリティが高い。何より登場人物一人ひとりが、なんともチャーミングだ。
前半の「KADOKAWAミステリ」連載に加筆修正した東京編は、地元に近い中野が舞台。二郎は不良中学生カツに目をつけられ、苦境に陥る。ともに戦う親友たち、そしてカツのパシリの黒木との間に芽生える友情が泣かせる。沖縄の風を運んでくる居候、アキラおじさんの運命も切ない。
後半は一転、単行本書き下ろしの沖縄編だ。アキラおじさんが起こした事件をきっかけに、一家は故郷・西表島の、なんと水道も電気もない廃村に移り住む。しかし恐るべしユイマール。頼まなくても周りがどんどん、物資や食料を譲ってくれる。とことん親切で、とことん傍若無人な住民たちの言動には、ニヤニヤせずにいられない。
そんな平和な南の島でも、一郎は相変わらずトラブルメーカーで、本土のリゾート企業に激しく反発する。母・さくらのきっぷの良さ、そしてクライマックスを盛り上げる激しい雨の演出が素晴らしい。幕切れで種明かしのように、一郎のルーツとされる15世紀末の豪族・アカハチの言い伝えが語られるのも重厚だ。2007年に映画化。(2018・8)

«蒲公英草紙 常野物語