April 29, 2018

小澤征爾さんと、音楽について話をする

僕くらいの歳になってもね、やはり変わるんです。それもね、実際の経験を通して変わっていきます。それがひょっとしたら、指揮者という職業のひとつの特徴かもしれないね。つまり現場で変化を遂げていく。

「小澤征爾さんと、音楽について話をする」小澤征爾、村上春樹著(新潮社)

2011年に話題になり、2012年小林秀雄賞を受けたロングインタビューを、ようやく読む。尊敬しあう才能同士の触れ合うさまが、まず読んでいてとても心地よい。

村上春樹が尋常でないクラシック好きぶりを発揮して、次々にディスクをかけながら、指揮者によって、また時期などによって、どう演奏が変わるのか、楽譜を読んで演奏を組み立てるとはどういうことなのか、を尋ねる。小澤征爾が誠実に、ときにお茶目に答えていく。
私はオペラに時々足を運ぶものの、残念ながらクラシックに全く詳しくない。動画サイトで演者や曲目を聴きながらの読書だったけど、気取りない対話のリズムを十分に楽しめた。

話の脇道で小澤征爾の記憶が呼び覚まされ、巨匠の横顔や若き日の触れ合いを披露する。カラヤン、バーンスタイン、グールド…。そしてちょいちょい混じる恋愛沙汰。偉大なアーティストたちのきらびやかな個性と、音楽に向かう真摯な情熱が、飾らない言葉で生き生きと語られて、楽しい。
シカゴでブルーズ漬けになったこと、先輩指揮者のタクトを勝手に持ち出したこと。芸術を愛し、人を愛し、受け取ったものを若者たちに渡していく。あー、コンサートに行きたいなあ! (2018・4)

April 14, 2018

火山で読み解く古事記の謎

古事記における大きな謎のひとつは、九州南部と出雲の二か所が神話の舞台として繰り返し登場することです。その謎をとく鍵は、九州南部と出雲が日本列島で有数の火山エリアであるというシンプルな事実から見出されるのではないかとおもいます。

「火山で読み解く古事記の謎」蒲池明弘著(文春新書)

古事記の物語は、縄文時代に日本を襲った巨大噴火の恐怖を伝えているのではないか。天皇家の行事には稲作に根付くものが目立つけれど、そもそもは荒ぶる大地をなんとか鎮める役割を担っていたのではないか? 独立系出版社を営む著者が、多数の文献や各地のジオパーク取材などを通じ、そんな仮説を検証していく。
古事記と噴火のつながりについては、小説「死都日本」を読んで、強く印象に残っていた。このため個人的にそれほど意外感はなかったものの、本書では寺田寅彦など豊富な文献を紹介し、カルデラ地形の分布や、製鉄の発祥など文明史にも触れていて、情報に厚みがある。
綴られている解釈に、どの程度妥当性があるのか、判断するほどの知識を持ち合わせていないのだけど、著者は新聞記者出身とあって、安易に断定しない筆致に好感がもてる。ちょっと自信なさそうな印象、とも言えるのだけれど。(2018・4)

March 24, 2018

世界をまどわせた地図

最終的にこの島が存在しないことが確認されたのは2012年11月で、最初の「目撃」から実に136年もの時間が経っていた(グーグルマップの登場から数えても丸7年が経っていた)。

「世界をまどわせた地図」エドワード・ブルック=ヒッチング著(日経ナショナルジオグラフィック社)

ネット書店から届いてみて、重さにびっくり。上質な紙を使い、B5判250ページに、数世紀にわたる美しい地図の図版が、ぎっしり詰め込まれている。それが揃いも揃って、誤解と幻想が生んだデタラメな地形なのだから、面白くないわけがない。

著者はロンドンの古地図愛好家。聞いただけで、いかにも凝り性な印象だ。期待に違わず、博覧強記ぶりがもの凄い。かつて堂々と地図に記されたものの、今は存在しないとわかっている島やら海峡やら山脈やらを、1項目2~4ページのハイスピードでどんどん紹介していく。
しかもABC順なので、年代や場所はランダムだ。実は本物の地形に詳しくない地域が少なくなく、時として解説は物足りないけれど、次々現れる虚偽の地図を眺めるうち、人間の夢見る力と愚かさとに圧倒される。

初めてお目にかかる「幻島」という単語が、頻繁に登場。大航海時代、西欧の船乗りたちが不確かな島かげの情報をもたらし、後続の冒険航海を引き起こしていく。それは利権と名声を求め、次の航海の資金集めを目論んだ、たちの悪いフェイクだったこともある。あるいは何日も何日も大海原をいく辛い旅程のなかで、陸地を見たいという切実な願いがもたらした、蜃気楼だったこともある。
真実が明らかになってしまえば、荒唐無稽としかいいようがない。だが未知の世界を思い描く人の営みは、今も変わらず、テクノロジーや社会を動かしているはずだ。「発見」した土地で先住民をひどい目に遭わせたといった、負の歴史も語られている。古地図から見えてくる物語の、なんと分厚いことか。

慣用句「リヴィングストン博士でいらっしゃいますか?(Dr. Livingstone, I presume?)」の語源など、ドラマチックなネタが満載。労作の訳は関谷冬華、日本語版監修は地理教育が専門の井田仁康筑波大教授。(2018・3)

February 11, 2018

家康、江戸を建てる

これからの世は、土地ではない。貨幣を制するものが、
(天下を制する)

「家康、江戸を建てる」門井慶喜著(祥伝社)

2018年直木賞受賞作家の、2016年に候補作となった秀作。江戸という都市の建設を担ったプロフェッショナルたちを描く。
治水や上水道、江戸城の建設。空白の荒野に人を呼び込み、経済活動をおこしていくプロセスが、スリリングに再現される。現代にも通じる視点が豊富だ。主人公たちは高名な武将のかげにいて、日本史の教科書には出てこない。しかし強烈な誇りと諦めない心をもって、今に残る偉業を成し遂げていく。独特の、ぶつぶつ切れるような文体が心地いい。

特に初代金座当主となった後藤庄三郎光次の1編は、疾走感満載だ。関が原に至る大名たちのリアルな戦さと、経済の主導権を巡る貨幣の戦争とが、見事にシンクロする。
戦国時代の褒賞は土地だったが、天下を統一してしまえばそれは叶わず、貨幣の意味が増す。国を豊かにする経済活動にもまた、良質な貨幣が欠かせない。では誰が貨幣発行の権威と技術を握るのか。

庄三郎は文禄4年(1594年)、今の日本銀行本店がある場所で小判鋳造を開始。やがて天下分け目の勝敗が決した直後、貨幣の勝利を宣言するという歴史的な役割を担うことになる。家康は覇権を手にするため、いったい何をしたのか。卓越した判断を、経済の観点から解き明かす視点が面白い。
栄光の陰で、庄三郎が引き受ける宗家との軋轢がまた、静かに胸に迫る。強烈な自負心と大きな時代の流れによって、宗家を打ちのめす道を選ぶのだけど、胸のうちには葛藤を抱えて生きる。新旧交代という人生のドラマ。巧いなあ。(2018・2)

January 27, 2018

SHOE DOG

寝てはいけない夜がある。自分の最も望むものがその時やってくる。

「SHOE DOG. 靴にすべてを。」フィル・ナイト 著(東洋経済)

ナイキ創業者の疾風怒濤の起業家人生。危機また危機の、リアル「陸王」だ。
60年代、オレゴン大学の陸上選手だった若者が世界一周の旅に出て、日本製シューズと出会い、輸入販売のビジネスに踏み出す。それから約20年。常に綱渡りの資金繰り、取引先との訴訟、新製品のリコール。日本の中小企業と変わらず何度も追い詰められながらも、世界ブランドを築き上げ、上場を成し遂げる。ハラハラドキドキ、面白すぎて550ページ弱を一気読み。

間違いなくナイトは聖人君子ではない。無茶なはったりやら、勝手な人事やらも赤裸々。おそらく記述には、一方的な言い分も含まれるだろう。
それでも散りばめられたユーモアと、苦しいときほど、むくむくと頭をもたげる闘争心が、なんとも痛快だ。ウィンブルドンで「気が荒いから近づかないでください」と忠告され、たちまち魅せられたというプレーヤーが、当時まだハイスクールの学生だったマッケンロー、という逸話が洒落ている。
これがオレゴン魂というものか。やんちゃ揃いの幹部たちとの冒険の果てに、自分のしていることは単なるビジネスではなく、創造なんだ、と宣言するくだりが感動的。「単に生きるだけでなく、他人がより充実した人生を送る手助けをするのだ。もしそうすることをビジネスを呼ぶならば、私をビジネスマンと呼んでくれて結構だ」。格好いいなあ。

日本との縁が深いのも興味深い。シューズビジネスへの道を拓いたオニツカ(現アシックス)とは結局、激しく争うことになってしまった。一方で、危機を救ったのは日商岩井(現双日)の商社マンの慧眼。いまアシックスの経営者が双日出身というのも運命の不思議かも。ドライブ感満載の名訳は大田黒奉之。(2018・2)

January 06, 2018

忘れられた巨人

分かち合ってきた過去を思い出せないんじゃ、夫婦の愛をどう証明したらいいの?

「忘れられた巨人」カズオ・イシグロ著(ハヤカワ文庫)

名作「わたしを離さないで」から10年ぶりの長編を、2017年ノーベル文学賞受賞で繰り上げ発売された文庫で。設定は意表をついて、6世紀ごろイングランドを舞台にしたファンタジーだ。鬼や竜や妖精が跋扈する山谷を、ブリトン人の老夫婦が息子を訪ねて旅をし、騎士のクエリグ(雌竜)退治に立ち会うことになる。

もちろん単なる冒険談ではない。テーマは共同体の記憶。登場人物はなぜか記憶を長く保てなくなっており、老夫婦はそのことを訝しく思っている。
舞台はケルト系の土着民族ブリトン人の土地に、大陸からサクソン人が侵入して争った後。ブリトンを率いた伝説のアーサー王も、すでに亡くなっている。両者は和解し、一見平穏となった社会。しかし都合のいい忘却、それでも消え去らない敵意という闇が横たわっているのだ。

旧東欧あたりを観光すると、暴力など負の遺跡がしっかり残されていて戸惑うことがある。報復の連鎖を断ち切るため、前を向くことは大事。戦後ニッポンは忘却によって、豊かで自由な社会を築いたとも言えるだろう。しかし果たして過去を水に流すことは、本当に可能なのか。霧ですべてを曖昧にするクエリグを倒すことが、果たして幸せなのか?
テーマは民族、国家から夫婦関係まで、普遍的なものだ。世代交代で戦乱の記憶が薄れると、次の戦乱が引き起こされるという説が、どうしても思い出される。作家は2006年のユーゴスラビア解体と泥沼の紛争あたりからずっと、このテーマを意識していたという。長く考え続けるという精神の強靭さにこそ、信頼が宿るのだなあ。

ひとり語りだったりSFだったり、テーマに合わせてぴったりの形式を追求する手法に驚かされる。それにしてもファンタジーというのは意外。慣れてない私にはちょっと読みにくかったけど、ジャンルを超える職人芸ですねえ。失われた記憶のモヤモヤが読み手を引っ張る。
そして形式が変わっても、恐れを知らない若者と、いろんなものを抱えている老人の対比、そして取り返しのつかない人生を遠くみやる、苦い静謐は常に共通している。老妻が渡る島は、彼岸なのか。切ないなあ。(2018・1)

November 30, 2017

How Google Works

何千年も前にピラミッドを構想し、建設したエジプト王は、非常に有能な経営者だった。インターネットの世紀は、未建設のピラミッドであふれている。さあ、とりかかろうじゃないか。

「How Google Works 私達の働き方とマネジメント」(エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ、アラン・イーグル、ラリー・ペイジ著)日経ビジネス人文庫

元グーグルCEOのシュミットと、共同創業者ペイジのアドバイザー、ローゼンバーグが、巨大プラットフォーム企業が何を優先しているか?を説いた経営書(イーグルは広報担当として協力)。
すなわちあらゆる企業は、プロダクト開発のスピードと、その質を高めることに集中すべきで、そのために必要なのは、なにより優秀な人材(スマート・クリエイティブ)をいかに採用するか、そして人材を獲得したら、いかに自主性を発揮させるか、という主張だ。
幹部の目標を把握していて、顔をみたらどんどん質問するとか、大量のメールへは「OHIO(対処するのは一度だけ)」で臨め、とか、細部がいちいち面白い。かたちを真似することから入る発想も大事かも、と思えてくる。土方奈美訳。(2017・11)

October 20, 2017

夜、僕らは輪になって歩く

彼女の世代の人々は、さしたる理由などなくても、一見して平凡な状況に起こりうるひどい出来事を思いついてしまう。それは彼らが生涯をかけて磨き上げた技術だった。

「夜、僕らは輪になって歩く」ダニエル・アラルコン著(新潮クレスト・ブックス)

1977年リマ生まれで、3歳で渡米した作家が、ペルーらしき国を舞台に、ある旅回りの劇団、特に、一座の演劇青年ネルソンの身に降りかかった事件を描く。

語り手の「僕」が、関係者にインタビューして事件の経緯をたどっていく形式。劇団はアンデス山地の村とか鉱山の町とかを訪ねて、酒場や学校の講堂、時には広場で公演をうっていく。その描写には、ロードノベル独特の浮遊感がある。しかも上演する演目が、その名も「間抜けの大統領」という風刺劇とあって、全編に軽みが漂っていて、どんどん読める。

しかし実は、一筋縄でいかない小説だ。ネルソンをとりまく親子、兄弟、恋人、親友、それぞれの思いがことごとくすれ違っていて、どこにも行きつかない。インタビュイーが真実を語っているとも限らないし、そもそも「僕」の正体が最終盤まで明かされないので、読み手はずうっと宙づり状態なのだ。

勉強不足のまま読みだしちゃったのだけど、背景には、登場人物たちが抱える根深い不条理がある。ペルーの1980、90年代は内戦の時代で、無差別テロや政府の苛烈な弾圧があった。小説の設定である2000年代には政情が安定しているといっても、都市には麻薬組織や、絶望的にずさんな司法制度がはびこり、一方で内陸部の生活環境は過酷で貧しい。米国への移住が若者の唯一の希望なんだけど、夢はかなわない。
俳優よろしく思い込みを演じることでしか、生きのびられないという感覚。個性的な人物を描きながら、淡々と突き放した筆致のなかに、割り切れなさ、宿命というようなものの存在が浮かび上がってくる物語だ。藤井光訳。(2017・10)

October 08, 2017

チェ・ゲバラ

チェは長らく「生」の中の「死」を生きていた。これからは永遠に変わらない三九歳の若い革命家として生き続けることになる。

「チェ・ゲバラ 旅、キューバ革命、ボリビア」(伊高浩昭著)中公新書

2017年キューバシリーズの仕上げに、写真展の解説を書いていた元共同通信特派員のゲバラ伝を読む。伝説の革命家に敬意を払いつつもクールヘッドをもって、苛烈な武力闘争への傾斜や、自らも認めていたというコミュニケーション力の不足など、その実像に迫っていく。

約250ページのうち、若い日の南米放浪やキューバ革命の勝利など、ロマンチックなのは約80ページまで。その後は容赦ない処刑の実行や、ソ連との距離をめぐる同志との確執、そして「ラテンアメリカ革命」の挫折と、息苦しいエピソードが続く。知的なチェが膨大な記録を残したがゆえに、細部のリアルさが切ない。
フィデルによる「別れの手紙」改竄説など、今なお真偽が見極めがたい部分も残る。それも含めて、神話というものなのだろう。

August 01, 2017

リアル・キューバ音楽

キューバのミュージシャンは、経済が苦しくて食事が十分でなくても、次の仕事が詰まっていても、明日の朝が早くても、演奏するとなったら技術も体力も、持っているものを全身全霊ですべて出し切って余力を残しません。

「リアル・キューバ音楽」ペドロ・バージェ、大金とおる著(ヤマハミュージックメディア)

1955年ハバマ生まれのサックス奏者ペドロ・アントニオ・バージェ・モレリオが、自らのミュージシャンとしての半生と、キューバ音楽の聴きどころ、音楽界事情を語りおろす。楽天的な気質と、音楽に対する情熱が溢れ、行間からリズムが響いてくるかのようだ。

ペドロは本書の訳者、吉野ゆき子と結婚して、1999年から日本で活動している。1994年に初来日したときは渋谷の雑踏を観て「フィデルが毎日、演説しているのか?」と驚いたとか、天真爛漫なエピソードがたっぷり。
一方で音楽に関する語りは深い。社会主義のキューバではミュージシャンはたいてい、音楽学校でクラシックの基礎を学んでいる。そのうえでアフリカ文化、ラテン文化、ジャズが入り混じった独特の音楽を作り出す。聴衆も音楽のジャンルには全くこだわらないけれど、演奏の実力、なにより「サポール(深い味わい)」の有無については、厳しい耳を持つという。
キューバ音楽のぐいぐい前進するリズム、盛り上がる曲の構成は、ニューヨークあたりのラテン音楽はもちろん、プエルト・リコやドミニカとも違う、と力説。ブラジルのサンバなどとキューバのソンやサルサのリズムの違いまで、譜面を示して解説している。世界でも珍しい、貧しくも豊かな国を作ってきた原動力は、「楽しむ」感覚であり、その象徴の一つが街に溢れる音楽とダンスなのだ、という言葉が印象的だ。

インタビュアーの大金も都内のライブハウスなどで演奏するミュージシャン。2009年の単行本の文庫化。(2017・8)

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