June 05, 2022

歴史探偵 忘れ残りの記

例によって社の五階から下の通りを行き交う人を眺めていて、女性がぐんぐん美しくなったのに気づいたのも、この二十八年の冬ぐらいから。とくに、このみゆき通りから戦後日本の美人が生まれたのではないか、と身贔屓でなくそう思っている。

「歴史探偵 忘れ残りの記」半藤一利著(文春新書)

2021年に90歳で死去した「昭和史」著者が、その直前に上梓したエッセイ集。初出は文春の書店向けパンフレットを中心に、銀座のPR誌、新聞ほかで、掲載誌・掲載年不明のものが混じっている。内容も肩のこらないつれづれなんだけど、そこは名編集者でもあった著者のこと。古今の蘊蓄やら、和歌・俳句やら、明治の文豪から戦後の駄洒落まで縦横無尽の引用が、尽きない教養、「調べ魔」ぶりを感じさせて楽しい。

なかでも昭和初期、向島での幼少期の思い出は味わい深い。火鉢の「埋火(うずめび)」と少女の哀しみ、北十間川と大空襲の記憶…。そして戦後、花の銀座で過ごした駆け出し編集者の日常が痛快だ。仮採用の身で訳もわからず、坂口安吾の自宅に1週間泊まっちゃった武勇伝など、のちの大物ぶりを彷彿とさせる。

April 17, 2022

核兵器について、本音で話そう

戦後、核兵器を巡る議論は欧州を中心に展開した。英仏の核武装、ドイツを始めとしたアメリカの同盟国の安全保障、アジアでの米国の同盟網創設、NPT(核兵器不拡散条約)体制の発足など、戦後の主要な外交、安全保障問題にはほとんど核問題が絡んでいた。
 日本は、半世紀近く続いた冷戦の期間中、陸上国境で強大なソ連軍と接していた欧州ほどの軍事的緊張感をついぞ抱かなかった。

「核兵器について、本音で話そう」太田昌克、兼原信克、高見澤將林、番匠幸一郎著(新潮選書)

「令和の国防」に続き、外務官僚で元国家安全保障局次長の兼原信克氏がホストを務める座談会だ。2021年9月の収録だが、刊行が2022年2月となり、ロシアがウクライナの原発を一時占拠する事態が発生。タイムリーな論考となった。
国家安全保障局次長を経てジュネーブ軍縮会議日本政府代表部大使を務める元防衛官僚、元陸将、そして長年核問題をカバーしてきた元共同通信論説委員という顔ぶれ。台湾、北朝鮮やロシアの現状、サイバー・宇宙防衛との関係などを論点に、歴史的な経緯やドイツとの比較、近年のアジアにおける急激な情勢変化を確認していく。
「核シェアリング」とNPT(核兵器不拡散条約)との関係等、議論は必ずしも収束しない。だからこそ、幅広いリテラシーの深化が必要だと、強く思わせる1冊だ。(2022.5)

 

March 18, 2022

利休にたずねよ

欲が深いといえば、あの男ほど欲の深い者もあるまい。
美をむさぼることに於いて、その執着の凄まじさといったら、信長や秀吉の天下取りへの執着よりはるかに壮絶ではないか。

「利休にたずねよ」山本兼一著(文春文庫)

天正19(1591)年の切腹の日から遡って、千利休を取り巻く多様な人物の一人称で、佗茶のカリスマの原点に迫っていく連作。
富と名声をきわめた生を投げ出してでも、意地を通してしまった利休。その胸底にはずっと、堺の不良少年時代の決定的な挫折を秘めていた、という大胆な設定でうならせる。前半は、尊大だけれど抜群の美的センスをもつ利休と対比して、権力者・秀吉の俗物ぶり、横暴ぶりが際立つ。ところが全編の半ばあたりから、実はとことん理想の美を追究していく利休こそ、欲の塊なんだと見えてきて、面白い。

秀吉以外にも、家康、三成、信長…と、お馴染みの語り手が続々登場。特に軍師・官兵衛が秀吉の命を受け、隙の無い利休をなんとかぎゃふんと言わせようと、茶席でいたずらを仕掛けるシーンが、歴史上よく知られたキャラが生きていて、愉快だ。戦国随一ともいわれる智将と、冷静沈着な芸術家との、無言の駆け引きの緊張感。

当然ながら、茶道にまつわる専門用語がたくさん出てくる。知識がないので、いちいちネットで調べつつ読むわけだが、日本文化の深みの一端に触れる感じで、楽しい。作家が執筆にあたってかなり取材したにしても、京都の国文文学者の息子さんで、新潟の僧侶の家系ならではの教養なのかな。
巻末に浅田次郎との対談を収録。直木賞受賞。(2022/3)

February 27, 2022

ケルト人の夢

ジョージ・バーナード・ショーが、そこにいたすべてのアイルランド・ナショナリストに向かって言い放った、胸に突き刺さる皮肉な言葉を思い出した。《それは互いに相容れないものだよ、アリス。間違ってはならない。愛国主義は宗教なんだ。正気とは両立しない。それは単なる反啓蒙主義、信仰という行為さ》

「ケルト人の夢」マリオ・バルガス=リョサ著(岩波書店)

ペルー出身の著者による、2010年ノーベル文学賞受賞後第一作の邦訳。ドラマチックでぐいぐい引き込まれるものの、500ページにわたる全編の内容は実に重い。繰り返される人類の残虐行為、それに対抗して尊厳を求める者が味わう過酷。新聞を開けば高らかにSDGsを唱える特集の一方で、戦争の暴力を目の当たりにする今だからこそ、鋭く胸に刺さる。
1916年、ロンドンの刑務所で刻々と死刑執行が迫るロジャー・ケイスメントが、来し方を回想する物語。実在する人物の評伝ではあるけれど、フィクションならではの、人間の業に対する多面的な洞察が圧巻だ。

そもそもロジャーの生涯が世界スケールなうえ、複雑このうえない。アイルランドのプロテスタント家庭に生まれ、「未開人をキリスト教と自由貿易で文明化する」理想を抱いて、大英帝国の外交官となる。赴任したコンゴ、続いてペルーで、ゴム採取業者の先住民に対する強制労働と残虐行為の実態に直面し、理想は瓦解。その人道上の罪を国際社会に告発して名士となり、王室からナイトの称号まで受ける。いわば、ひとりアムネスティ。しかし、やがて自らの故郷こそ、アフリカや南米と同じ植民地として長年、英国に支配・抑圧されてきたとの思いを強くし、ついにはアイルランド独立闘争に身を投じて、反逆罪で絞首刑となってしまう。

コンゴとペルーでこれでもかと、ロジャーが目にする地獄絵図は、正視に耐えない。かつてキューバの観光案内に、先住民は絶滅しましたと、さらりと書いてあって驚愕したのを思い出した。ロジャーが監督責任を問いかける、コンゴ公安軍大尉の言葉がすさまじい。いわく過重なゴム採取の割り当てを定めたのは本国ベルギーの役人と会社重役であり、制度を変えるのは裁判官や政治家の仕事、我々現場の軍人もまた被害者だ…。絶望的な罪の構図。
厳しい環境で悲惨な現実を記録し続け、ロジャーは心身ともにぼろぼろになっていく。だからこそ、アマゾンを発つ船旅で満月の夜、南国の美しい光景に涙するシーンが胸に染みる。

英国文化人サロンでのマーク・トゥエイン、コナン・ドイルといった華やかな交流もあるが、終盤で外務省を辞しアイルランドに戻ってから、その運命はさらに苛烈、かつ皮肉なものになっていく。ロジャーは一次大戦中、英国の敵ドイツに渡り、独立への支援をとりつけようと工作。しかし闘争を急ぐ仲間から孤立していき、イースター蜂起の計画すら知らされない。蜂起が挫折して逮捕されると、ドイツと結んだことで英国知識層の友人たちも離反。名士であったからなおさら、ゲイの暴露がスキャンダルとなる。ピュアに理想を追っていたはずなのに、いったいどこで道を誤ってしまったのか。

北アイルランドでは今も南北統一派と親英派の対立が続く。「夢」という書名からして、ある民族・文化が自立することの困難を、冷徹に表している。それを理屈でなく、ひとりの異端者に象徴させる、小説の力が見事だ。ロジャーは決して英雄ではないし、失敗だらけで弱々しく、恋人に裏切られたりして、時に滑稽ですらある。だからこそ、人間という存在そのものの哀しさが際立つ。あえて主人公の肖像写真を収録していないのも、虚構がもつ普遍性を思わせる。

ちなみにアマゾンのゴム業者が破綻する原因として、ロジャーの告発が引き金となった不買運動や融資引き上げだけでなく、新興のアジア産との競争にも触れている。英国人ウィッカムがブラジルから持ち出した種子が、マレー半島で一大産地を形成したという。著者の知性はなんと強靱なことか。野谷文昭著。(2022・2)

December 19, 2021

「グレート・ギャツビー」を追え

きつい一日があったようなときには、僕はときどきこっそりここに降りてくる。そして鍵をかけて閉じこもり、本を引っ張り出すんだ。そして想像してみる。一九五一年にJ・D・サリンジャーであるというのは、どういうことだったんだろうってね。

「『グレート・ギャツビー』を追え」ジョン・グリシャム著(中央公論新社)

法廷もののヒットメーカーが意外にも、稀覯本取引をめぐるサスペンスを執筆、なんと村上春樹が翻訳。400ページをするする読めて楽しい。ハルキマジックもあると思うけど、後書きで訳者自身が「いったん読みだしたら止まらなくなった」と書いているから、掛け値無しなんだろう。

いきなりオープニングの疾走感、プリンストン大学から大胆不敵にも、フィッツジェラルドの直筆原稿が強奪されるくだりで引き込まれる。お約束、終盤の盛り上がりも期待通りで、コレクターと警察の息詰まる攻防は、スピーディーでスリル満点、かつ国境をまたいでスケールが大きい。そのままトム・クルーズに映画化してもらいたい。
もうひとつの大きな魅力は、美しいフロリダ・カミノ島で書店を営むブルース・ケーブルの人物造形だ。リッチで知的で圧倒的人たらし、本と小説家コミュニティーと女性たち(!)をこよなく愛する。こっちはブラピのイメージか。なにせ巧いです。

メーンの題材は稀覯本取引の、知られざる世界。大好きな出久根達郎さん著書に「作家の値段」というものがあって、文学的価値はもちろん重要だけれど、古書という資産としての価値も、十分ドラマチックなんだよなあ。出版ビジネスの事情も興味深い。著者による書店サイン会ツアーの悲喜こもごもとか。
ブルースが主人公の続編も出ているという。期待。(2021年12月)

November 20, 2021

きのね

元日の朝は、人が「金銀銅のお宝」と羨むこの家の三兄弟が紋付き袴で揃い、父に手をついて新年の賀をのべるのを、遠くから見て光乃は涙のにじむような感動をおぼえた。

「きのね 上・下」宮尾登美子著(新潮文庫)

昭和初期から戦後にかけて、思いがけず歌舞伎役者の家の住み込み女中となり、ついには宗家の跡取りの妻となった、ひとりの女性の生涯。モデルは11代目市川團十郎の妻、千代とのことで、「松緑芸話」で読んで興味をもっていた。んー、想像以上に壮絶である。
もとより部分部分はフィクションなんだろうけど、檀ふみの後書きによると、12代目誕生の裏(自宅ひとり出産!)を知る産婆さんにまで取材したとのことで、作家の執念が感じられる。封建的で、体面を何より気にする梨園のこと。執筆には相当な困難が伴ったはずだ。そこまでして書きたかった、千代の生き様とは何なのか。
親兄弟を頼らず食べていくには、女中になるしかなかった光乃。地味で無口で、常にじいっと周囲を観察している。巡り会った坊ちゃま雪雄は美貌の花形なのに、伝説的な癇癪持ちで、命の危険すら覚えるDVが日常茶飯事。そもそも妻を人間扱いしておらず、優しくするなどもってのほか、長男が小学校にあがるまで存在自体をひた隠しにする。なんてスキャンダラス。それでも光乃は尽くしに尽くす。決して読んでいて気持ちの良い話ではない。
愛情とも言えるけど、なんだか光乃は行き場がなくて耐えるうち、役者たちという特異な生き物が放つオーラに巻き込まれたと思えてくる。深い舞台表現と、磨かれた伝統の芸と、華やかで危ういアイドル性…。歌舞伎世界に棲む、何か魔物めいたものと恋に落ちたのではないか。
流れるような文体で、すらすら読める。ところどころ登場する名優たちの横顔も興味深い。(2021・11)

October 30, 2021

バッタを倒しにアフリカへ

研究対象となるサバクトビバッタは砂漠に生息しており、野外生態をじっくりと観察するためにはサハラ砂漠で野宿しなくてはならない。どう考えても、雪国・秋田出身者には暑そうだし、おまけに東北訛りは通用しない。などなど、億千万の心配事から目を背け、前だけ見据えて単身アフリカに旅立った。
 その結果、自然現象に進路を委ねる人生設計がいかに危険なことかを思い知らされた。

「バッタを倒しにアフリカへ」前野ウルド浩太郎著(光文社新書)

深刻な飢饉をひきおこし、「神の罰」と呼ばれるバッタを研究するため、日本人が13人しか住んでいないという西アフリカ・モーリタニアに乗り込んだ、31歳ポスドクの爆笑体験記。
過酷な自然や習慣はもちろん(早々に山羊の丸煮込みが登場!)、待ち合わせから1時間遅れは当たり前、郵便局で荷物の受け取りに袖の下を要求される、フィールドワークに出た砂漠には地雷が埋まっている等々、相当にヘビーな日々を、軽妙に語っていく。
実際、ちょっとやそっとのトラブルでめげる前野氏ではない。子供のころファーブル昆虫記に熱中して以来の、異常なほどにあふれる昆虫愛があるからだ。好きなバッタに没頭して生きていくためには、実績となる論文をものにし、研究職を獲得することが至上命題。
ところが自然は思うようにならないもの。研究するはずのバッタ大発生の知らせは、なかなか届かない。「さしものバッタも私に恐れをなし、身を潜めたに違いない」などと強がってみても、時間と資力ははなはだ心許なく、不安が募る。
なんとか収入を得ようと京大に乗り込んでいくシーンの、とんでもない行動には抱腹絶倒。しかし最終面接で松本紘総長(当時)が語りかける言葉、そしてついに成虫の大群が襲来するクライマックスは大感動だ。
ちなみにウルドとは、籍を置いた国立サバクトビバッタ防除センターの所長から親しみと尊敬をこめて送られたミドルネームだ。新書大賞受賞。(2021.10)

September 26, 2021

最後通牒ゲームの謎

理屈をいくら説明されても気持ちのうえではどうにも納得がいかないと、多くの学生さんにそんな顔をされるほとんど唯一といっていいものが、この最後通牒ゲームです。

「最後通牒ゲームの謎」小林佳世子著(日本評論社)

あなたは被験者です。1000円を、もうひとりの被験者と分ける、いくら渡すかは自由だけど、相手が受け取りを拒否したら全額没収です。さていくら渡す? いくらだったら受け取る?
経済学の1分野、ゲーム理論の研究できわめてポピュラーだという「最後通牒ゲーム」は、しごくシンプルでありながら、「模範解答」を聞かされてもなかなか納得しづらい「謎」のモデルだ。人はなぜ、納得しづらいのか?

著者はたった一つの問いを徹底して吟味し、考えるための枠組みを求めて、実験経済学から神経経済学、脳科学、進化心理学へと突き進んでいく。見えてくるのは人の行動を左右するキーワード、すなわち共感、協調、裏切りへの反発、ゴシップ好き…。不合理にみえても、それぞれのキーワードには、壮大な人類生き残りの知恵が詰まっているのだ。ほお。

終始とぼけた筆致だし、繰り出される知見が面白くて、すいすい読める。しかし広範な先行研究を読み解き、組み立てていく知的運動量は並大抵でない。
これって経済学なの?と突っ込みつつ、ラストではちゃんと経済学の問題意識に帰ってくるあたりが爽快だ。それは「社会に生きるヒト」という存在が、どう意思決定するのか、そのクセを解明して、幸せな社会のシステムを作るっていうこと。

副題は「進化心理学からみた行動ゲーム理論入門」。入門というだけあって、素人は本文だけを、ちゃんと勉強したい人は「コラム」「補足」を、さらに興味があれば大量に紹介している参考文献をどうぞ、という構成が親切だ。第1版はちょこちょこ誤植があるのが、玉にキズだけど。(2021・9)

 

September 13, 2021

「中国」の形成

清朝なかりせば、東アジアの多元勢力をとりまとめ、平和と繁栄をもたらす事業はかなわなかった。しかし歴史というのは、常に冷酷である。非力なりに最善を尽くしたはずの清朝は、「革命」の声の中で亡んでいった。

「『中国』の形成 現代への展望」岡本隆司著(岩波新書)

「シリーズ中国の歴史」の第5巻を読む。
「マンジュ」が興した清朝が、モンゴル、チベット、ウイグルを「藩部」として緩やかに取り込み、周辺国(属国)や海外諸国(互市)と結びついて反映したさまを、著者はリアリズムに徹したと分析。東アジアに平和をもたらし栄華を謳歌した功績は大きいものの、多元を一元に転化させるほどの力量はなかったとみる。

そして日清戦争が分水嶺となって、情勢は変貌。帝国主義列強の外圧「瓜分(かぶん)」の恐怖はもとより、明治日本の急伸を目の当たりにして、それまで多元的で緩やかだった清は、体制変革、「国民国家」の大義へと駆り立てられていく。
果たしてその「夢」は、どこへ向かっていくのだろうか。んー、まだまだ勉強が必要だ。(2021・9)


August 22, 2021

オリーヴ・キタリッジの生活

長いこと聞き慣れた妻の声だ。こうして二人で笑っていると、愛と安らぎと痛みが、避けた破片のように身体を刺し貫いた。

「オリーヴ・キタリッジの生活」エリザベス・ストラウト著(早川epi文庫)

一番大切に思う夫や一人息子とうまくやれずに、なぜ通りすがりの人に優しくしちゃうんだろう。アメリカ北東端メイン州の、さえない海辺の町クロスビー。田舎町に長く住む住民たちは皆ごく平凡なんだけど、実は心の内に、どうしようもない情熱や裏切りや諦念を抱えている。2008年発表、ピュリッツァー賞を得た連作短編集。

なにせ狭い町だから、短編ごとの登場人物は少しずつ重なる。複数の主役、それ以外も脇役で顔を出す表題のオリーヴの造形が、特に秀逸だ。スコットランド系の大柄な数学教師。とにかく愛想ってものがなく、ずけずけものを言うので周囲に疎まれがちで、読んでいて切なくなるほど。はるばるニューヨークへ息子家族を訪ねる「セキュリティ」の顛末が、特に辛い。こういう悲しくなる話を、寝る前に読んじゃいけない。

胸に迫る細部は、作家の鋭く容赦ない視線があればこそ。自宅のダイニングとか、帰り道の車の中とか、地味な日常の会話から、ふと立ち上がる激情が鮮やか過ぎます。なんてことない日常から、どんな無鉄砲も事件事故も起きりうる。そして辛くても切なくても、自らの選択であることだけは、間違いない。

視線はシニカルながら、どこかとぼけた味もあって、ニヤッとさせる。老境にさしかかった夫婦の会話。夫「きょうの夕食は何かな」、不機嫌な妻「イチゴ」。やれやれだ。なにかというとダンキンドーナッツが登場するし。

小川高義訳。2010年の邦訳が話題となり、2012年に文庫化。文庫解説の井上荒野をはじめ、多くの読書家が絶賛。鴻巣友季子は「ダブリナーズ」を彷彿とさせるとも。(2021・8)

«かくしてモスクワの夜はつくられ、ジャズはトルコにもたらされた