May 12, 2013

双頭のバビロン

 双頭のバビロン? 口にするな。せっかく押さえつけて箱に詰め、錠前をかけたのだ。

「双頭のバビロン」皆川博子著 東京創元社 ISBN 9784488024932

帝政末期のウイーン、ボヘミアから無声映画時代のハリウッド、さらに猥雑な上海へ。わけあって幼いうちに引き離された双子のゲオルク、ユリアンの兄弟と、2人の人生に寄り添うツヴェンゲルの流転の運命を綴る。

1930年生まれというベテラン作家の長編を初読み。章によって語り手の視点を変えつつ、2段組み、530ページ強をぐいぐい引っ張っていく。感動するという感覚とは違うのだけど、緻密な物語を2年以上にわたって紡ぎきる気力には、まずもって脱帽だ。
幻想小説であり、歴史小説でもあり、ところどころハードボイルドな場面もあって、多彩な味わいが贅沢。なかでもアメリカ映画界黎明期の、内幕もの風のくだりが興味をそそる。シュトロハイム(「サンセット大通り」の執事ですね)に想を得たというゲオルクの存在感がリアルだ。
そのうえ美少年、手品めいた超能力、古城といった、妄想アイテムも盛りだくさん。つくづくサービス精神が豊富な作家だなあ。このへんは好みが分かれると思うけど、好きな人にはたまらないでしょう。
全編で一本筋を通しているのが記憶の錯綜、混濁という謎。これがラストまで読み手を幻惑する。(2013・5)

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April 07, 2013

質草破り

 

しばらく聞き入り、うん、やっぱりだと、ひとつ頷いた。
 役者のうなじをぞくぞくさせる、いい三味線だ。

「質草破り 濱次お役者双六二ます目」田牧大和著(講談社文庫) ISBN 9784062773232

女形・濱次が移り住んだ神田須田町、何やら訳ありの「烏鷺入長屋」。家主で質屋のおるいは、あろうことか芝居者嫌いで、訪れた三味線弾き・豊路に質草として、ある「芸」を要求する。

田牧さんの江戸芝居ものを連続して読んだ。才能があるのにのんびりしていて、母性本能をくすぐる濱次の成長譚だが、相変わらず濱次のみならず、取り巻く人々のキャラが際立っている。ダメ男だがプロ意識をもつ奥役・清助や、人物が大きい師匠・仙扇、長屋の面々…。出番の少ない帳元・与平もいい味だ。
今回の騒動の中心は美人で気の強いおるいと、ひねくれ者豊路の因縁。背景には豊路が抱える芸の悩みがあり、歌舞伎、人形浄瑠璃における三味線の位置づけがキーになっている。著者らしい、伝統芸能好きを喜ばす仕掛けだ。
リズミカルな芝居者たちの江戸言葉が心地良い。登場人物の思惑の絡み合いは読み応えがあるけど、ちょっと複雑過ぎるかな。文庫書き下ろし。(2013・4)

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April 06, 2013

きょうの絵本あしたの絵本

相手が人間だと、なかなか心を開けない人見知りでも、絵本は人を油断させますね。ページも少ないし、文も短いし、平仮名ばっかり。構えず無防備に読むものだから、不意を突かれ、感情を揺さぶられ、未知の感覚にうろたえることも。

「きょうの絵本あしたの絵本」広松由希子著(文化出版局) ISBN 9784579304431

2001年から2012年に様々なメディアで紹介した新作絵本、実に3000冊もの中から、選りすぐり262冊をまとめた1冊。何しろ好きで、勧めたい!という思いが濃縮されている。
ぱらぱらめくるだけで、カラフルで楽しい。発刊年ごとの本を、さらにテーマで括ってあり、「日本再発見」とか「少年」とかのテーマはさもありなんだけど、なかには「飛ぶ!」と題してどーんと豚の絵本があったりしてユニーク。全編にあふれるイマジネーションの幅広さ、自由さに圧倒される。(2013・3)

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April 05, 2013

とうざい

「東西。とーうざい」
 繰り返しながら黒衣が引っ込んだ刹那、正太夫と幹右衛門の気配が、がらりと変わった。
 正太夫の小さな身体が、ずいと膨らんだ。

「とうざい」田牧大和著(講談社) ISBN 9784062182195

木挽町の浄瑠璃小屋・松輪座。大阪からひとりのご隠居が訪ねてきて以来、妙な事件が相次ぐようになる。「三悪人」や歌舞伎シリーズの時代作家が、ついにものした江戸の「文楽ミステリー」。

舞台を支える太夫、三味線、人形それぞれの魅力をふんだんに折り込んでいて楽しい。舞台のいきいきとした緊迫感や高揚感。登場人物はどなたかモデルがいそうな感じだ。気が優しくて少し頼りない竹本雲雀太夫が成長していくさまが、思わず応援したくなる。座元はあたりをとるためには手段を選ばない御仁で、そのワルぶりもいいコントラストだ。

つまりは芸に賭ける者の真摯さ、そして師弟の深い関係が軸。一方で人形遣い・八十次郎の冷静な色男ぶり、そして騒動の謎解きの驚きは道半ばという気もするけれど。シリーズものになるのかな。それにしても劇中劇の形をとっている「浜千鳥」が観てみたい。(2013・3)

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March 23, 2013

ソロモンの偽証

「橋田君は今も、やってないって言ってるんだ……」
 ゆっくりと噛み締めるつもりで、涼子は呟いた。橋田君はやってない。この言葉は、噛んだらどんな歯ごたえと味がするだろう。
 わからない味だった。「わからない」という言葉の味わい。

「ソロモンの偽証」宮部みゆき著(新潮社) ISBN: 9784103750109 ISBN: 9784103750116 ISBN: 9784103750123

雪のクリスマスの朝。城東第三中学校で一人の男子生徒が遺体で発見される。相次ぐ事件、匿名の告発状と衝撃的なテレビ報道。振り回され、傷ついた生徒たちは中三の夏の課外活動で、1週間の陪審制の法廷を開いて、真相を知ろうと決意するーー。

第1部「事件」、第2部「決意」、第3部「法廷」の分厚い3分冊で計2100ページ超をようやく読了した。2012年の各種ベストはどたんばで「64」にさらわれたけれど、これほどのボリュームを書ききっちゃう著者の力技は、それだけで十分事件だ。登場人物一人ひとりの人物、背景を丁寧に掘り下げながら、10年の時間をかけても決してぶれない、宮部節の神髄が全開。
いじめや自殺という題材のタイムリーさが注目されたけど、舞台設定は1990年、連載スタートは2002年なんだから、もちろん2012年を意識したストーリーではない。それでも時代性をはらんでしまうのは、この作家ならではの才能かも。

個人的には学園ものは苦手だ。優等生、人気者といったいかにもなキャラクターが出てくると、こそばゆく感じてしまう。本作でも、そういう要素は否めない。そもそも疑似裁判という設定がわざとらしいし、どうみたってこの14歳たちの明晰さは出来過ぎ。ミステリーとしての意外感も薄いかもしれない。
だけど物語には、そういうマイナスを吹き飛ばす強い牽引力がある。少年少女たちの一筋縄でいかない造形と、彼らを突き動かし、やがて周囲を巻き込んでいく真摯さ。タイトルのソロモンは知恵の王だ。時間をかけて考えに考え抜いた末、ひとつの罪が正体を現す。それは、わからずにいること、知ろうとしないことの罪。読む者も思わず胸に手を置いちゃう。重い結末に、一筋の光が差し込む。(2013・3)

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March 13, 2013

解錠師

ぼくはまだ学んでいなかった。特技には許されざるものもあるということを学んでいなかった。
 少しも。

「解錠師」スティーヴ・ハミルトン著(ハヤカワ・ポケット・ミステリ) ISBN: 9784150018542

幼いときに遭遇したある事件によって、声を失ったマイク。孤独に過ごしていたが、高校に入って2つの才能を開花させる。絵を描くこと、そして錠を開けること。

「このミス」「文春」のランキングでダブル1位に輝いたのも納得の感動作だ。タランティーノばりのバイオレンスでドキドキさせつつ、みずみずしい青春小説でもある。主人公の回想という形をとり、芸術的な金庫破り(ロック・アーティスト)の技を身につけた経緯と、その後、アメリカ中を渡り歩いて仕事を請け負うようになった日々という二つの時制を行きつ戻りつしながら語っていく。けっこう複雑な構成なんだけど、リズムの良さで引き込まれる。

主人公が声を奪われているだけに、言いたいことが言えなくて、なんとももどかしい。でも、そのもどかしさってハイティーンなら誰しも少しは思いあたる感覚ではないだろうか。癒えない傷、金庫破りのひりつく緊張感、そして運命的な恋の切なさ。胸に抱え込んだ思いが絵筆を手にした途端、生き生きと解き放たれるシーンが、なんとも鮮やかだ。少年はいかにして、自らを閉じこめてしまった錠を解き放ったか? 越前敏弥訳。(2013・3)

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February 06, 2013

ストーリーとしての競争戦略

戦略をストーリーとして語り、組織で共有するということは、戦略の実効性を大きく左右します。

「ストーリーとしての競争戦略」楠木建著(東洋経済新報社) ISBN: 9784492532706

紙なら500ページ超、2011年ビジネス書大賞の人気作を電子書籍で。持ち運びも楽だし、自在にしおりを挟める。こういう本は実に電子書籍向きだなあ。

戦略の優劣は、話している方も聴く方も思わず身を乗り出してしまうような「面白さ」、生き生きとして、つながりのある長いストーリーになっているか、にかかっている、というのが著者の持論。それを具体的なケースに加え、ユーモアのある例えをふんだんに交えて説く。
冒頭近くに、ある登山隊の逸話が出てくる。ピレネー山脈で遭難、ポケットに残った一枚の地図によって生還した。しかし無事下山してよくよく確かめると、それはピレネーではなくアルプスの地図だったーー。
未来はいつも不確実。戦略は一直線に成否を保証するような公式ではない。それでも優れた戦略は必要だ。経営は人がするものだから、リーダー自身がノリノリになって社員、取引先、そして顧客を動かし、導き続けるために。

ほかにも思わず、しおりを挟みたくなるフレーズが満載。大切なことは、失敗を避けることではなく、「早く」「小さく」「はっきりと」失敗することです、ストーリーを丸ごと伝達するためには、リーダー自らがそのストーリーを直接語ってみせるしかないのですーー。この著書自体が、とても面白いストーリーと言えるだろう。(2013年1月)

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January 27, 2013

永遠の0(ゼロ)

 私は想像してみました。ある昼下がり、縁側に座っている私、そこに孫が来て、おじいちゃん、何か話をしてってせがむ。そしてそんな孫に向かって「おじいちゃんは、昔、南の島で戦争をしていたんだよ……」と語る自分を--。
「平和な国になっていたらいいですね」
 思わず呟いた自分の言葉に驚きました。まるで自分の口から出た言葉とは思えませんでした。命を賭けて戦う戦闘機乗りが、ましてこの戦争で死ぬ覚悟で戦っている自分が、そんなことを言うとは。
 宮部上飛曹は何も言わずに、深く頷きました。

「永遠の0(ゼロ)」百田尚樹著(講談社文庫) ISBN: 9784062764131

終戦から60年。目的を見失ってぶらぶらしている26歳の健太郎は、ふとしたことから太平洋戦争の特攻で死んだ祖父・宮部久蔵について調べ始める。最期の日々を知る戦友を訪ね歩くうち明らかになっていく、戦争というもの、祖父の人物像と秘めた思い、そして驚愕の真実。

文庫で570ページを超える大部だが、ほとんど一気に読んだ。児玉清さんが絶賛したというのも頷ける。零戦の息詰まる空中戦の描写は手に汗握るし、当時の優れた技術力や真珠湾、ガダルカナルなどの経緯の説明も丁寧。著者はなぜ作戦とも呼べない無謀な特攻が実行されたのか、を探り、優秀なはずの海軍のリーダーたちの官僚性に迫っていく。もちろん多くのフィクションをまじえているのだろうが、相当な情報量が詰め込まれていて、全編にみなぎる並々ならない情熱に、まず舌を巻いた。

だが、もちろん物語の核は宮部久蔵という人物の魅力だ。健太郎が調べてみると久蔵は才能と努力によって、パイロットとして卓越した技量を獲得しながら、「生きて帰る」ことに徹底して執着し、到底軍人らしからぬ臆病者として、周囲に強い違和感を与えていた。当時としては忌み嫌われるような信念を隠さなかった訳はいったい何だったのか、さらには、それほどの信念を公言しながらなぜ、特攻として逝ったのか。一級のミステリーといえる謎解きの後に、人が本当に守るべきものの存在が鮮やかに浮かび上がって、感動が押し寄せる。過去と現在が響き合う、とても著者デビュー作とは思えない力業。

健太郎に戦争を語り聞かせる男たちは、もう高齢だ。上場企業のトップまでつとめた人物も、ヤクザ者もいる。境遇は違えど、それぞれ胸に辛い記憶を秘めて戦後を生き抜き、それでも相手がほかならない久蔵の孫ならばと、重い口を開く。小説の設定から、さらに時は流れてしまった。すぐそこにある歴史を知ることの意味を、考えさせられる。

余談だけど、2013年末公開予定の映画化で宮部を演じるのは岡田准一。厳しい現場で丁寧な言葉遣いをする、というところが「SP」のイメージで、合ってるかも。(2013・1)

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January 15, 2013

残念な日々

ぼくのしぼんで小さくなった白髪の天使はソファに座り、マレーネ・ディートリッヒの〈ジョニー(もし貴方の誕生日だったら)〉をいっしょに口ずさんでいた。口ずさむだけだったのは、歌うとぼくに悲しみを見破られてしまうからだ。物語が祖母の人生の収穫だった。

「残念な日々」ディミトリ・フェルフルスト著(新潮クレスト・ブックス) ISBN: 9784105900946

ベルギー・フランダースの俊英による連作短篇集。自伝的、ということで単なる思い出のエピソードではなく、作家自らの原型である家族のかたちが詰まっている感じがして、可笑しくも切ない物語だ。

母が家を出たため、幼いディミトリー少年は父と一緒に片田舎の祖母の家に転がり込む。狭い家にはご同様の事情を抱えた叔父が3人も同居していた。揃いも揃ってぐうたらで下品で、酒とギャンブル、女に弱く、酔った挙句の喧嘩や警察沙汰も絶えない兄弟たち。主人公は長じて作家になり、そんな家族と距離を置くようになった。けれど行間には読む者の胸を締め付けるような、愛情としか呼べない思いが流れている。

訳者長山さき氏のあとがきによると、フランダースの刑務所では聖書の次に本書がよく読まれているのだとか。それからもう1点、村の方言を「関西地方の方言を控えめに用い」て表現した、とある。どうりで読んでいてずうっと、「じゃりン子チエ」のイメージがちらついていたわけだ。いい感じである。(2013・1)

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January 06, 2013

2012年まとめ

一応、2012年の読書を回顧。といってもベストをあげるほど読んでいないので、単なる「面白本まとめ」ということで、フィクション5冊は、

「卵をめぐる祖父の戦争」デイヴィッド・ベニオフ
「64」横山秀夫

「シャンタラム」(上)(中)(下)グレゴリー・デイヴィット・ロバーツ

「太陽は動かない」吉田修一

「共喰い」田中慎弥
 

ノンフィクション5冊は、

「パブリック」ジェフ・ジャービス
「FBI美術捜査官」ロバート・K.ウィットマン、ジョン・シフマン

「無菌病棟より愛をこめて」加納朋子

「浄瑠璃を読もう」橋本治

「ルネサンスとは何であったのか」塩野七生

以上です。うわあ、本当に寂しいなあ。個人的にはiPadとiPadミニを相次ぎ導入して、電子書籍を読み始めたのがニュースでしたね。さすがに2013年はもうちょっと読みたいです。

 

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