January 17, 2015

絶叫

「自分ら、捨てられてんねん。表から見えんようにされ、いないことにされとる、見えざる棄民やねん」

「絶叫」葉真中顕著(光文社)

住宅街の単身者用マンションで、女性の遺体が見つかる。刑事・奥貫綾乃は孤独死した鈴木陽子の人生をたどるうち、驚くべき事実に行きあたる。日本ミステリー文学大賞新人賞作家の受賞後第1作を電子書籍で。

家族離散、ワーキングプアとブラック企業、そして生活保護ビジネス。1973年生まれ、団塊ジュニア世代の平凡な女がどう転落していったのか。社会のひずみを容赦ない筆致で描いていて、迫力がある。
一つひとつは3面記事でよく目にする事件だけれど、罠に落ち込む人には落ち込むなりの経緯があり、たいていの悲惨な事件は絶望的につながりあっている。特にネット右翼の心理あたりが強烈。人生の折々に差し挟まれる当時のニュースや流行歌が、リアルさを引き立てる。

そういう社会派の側面に気を取られていると、終盤、ミステリー要素に一気に足をすくわれる。鈴木陽子に共鳴していく奥貫の語り手としての存在が、実に巧妙な仕掛けになっていて、見事だ。
すぐ隣にいるかもしれない人物が抱える深い闇、哀しい覚悟。正邪が混沌とする社会観と、6本指の男など映像的なエンタメ性のブレンドはちょっと桐野夏生を思わせる。(2015・1)

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January 13, 2015

マスカレード・ホテル

「私たちはお客様の幸福を祈っています。でも自分たちが無力であることもわかっています。だからこそ、御出発のお客様には、こう声をおかけするのです。お気をつけて行ってらっしゃいませ、と」

「マスカレード・ホテル」東野圭吾著(集英社文庫)

2011年に単行本が出版された新シリーズの1作目。都内で謎に包まれた連続殺人が勃発。次の犯行現場とわかったのは、一流ホテルのコルテシア東京だった。新田浩介は刑事らしからぬ、すらっとした外見と英語力をかわれてホテルマンに扮し、現場に潜入する。偽装工作の指導役となったのは、責任感の強いフロントクラークの山岸尚美だった。

ホテルが舞台だけど、単なるグランドホテル形式ではない。客たちが繰り広げる様々なアクシデントと人間模様が、メーンの事件の謎解きに繋がっていく緻密な展開だ。相変わらずのリーダビリティの高さで、旅行中に一気読み。

ミステリーの設計と並んで、職場の舞台裏を覗き見るお仕事小説の色彩もある。バーや宴会場など、ホテルは華やかで大人っぽい場所だけど、スタッフには利用客の我儘を受け止めるといった苦労も多い。当初は山岸の「サービスの本質」の講義に反発する新田も、徐々にその意味するところに気づいていく。価値観の違う若い主役2人が、仕事を通して互いのプライドを認め合う展開は爽やかだ。

映像化も楽しみ。山岸役は水川あさみ、とかかなあ。(2015・1)

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December 25, 2014

歌舞伎 家と血と藝

本書は、戦国武将列伝の歌舞伎役者版を描くつもりで書かれる。歌舞伎をあまり観たことのない人にも、あたかも戦国時代の武将たちの興亡のドラマを読むような感覚で読んでいただければ、ありがたい。

「歌舞伎 家と血と藝」中川右介著(講談社現代新書)

クラシックなどもカバーする1960年生まれの評論家が、2013年の歌舞伎座新開場こけら落とし公演で主役を務めた役者のいる家7つを選び、明治からの勢力図を解説する。

ここ数年、足を運ぶようになった素人歌舞伎ファンとしては、なかなか勉強になる1冊。著者は、歌舞伎役者は擬似的貴族だと指摘する。歌舞伎座の主役という「権力」を握るためには芸、人気はもちろん政治力が必要であり、その裏付けになるのが門閥という格式なのだそうだ。
役者はテレビのバラエティーやCMに出演したり、ブログが話題になったり、とても現代的な存在になっている。それなのにいまだに戦前の価値観が脈々と生きていることが、とっても不思議。まさに戦国武将の世界だ。

そこで門閥の歴史をたどるわけだ。芸談よりも、歌舞伎座の主役という「権力」をめぐる栄枯盛衰に重点がある。確執やらスキャンダルやら、バックステージもドラマが満載。
人間関係は複雑なので正直、読んでいてかなりこんがらがる。襲名で同じ人物の名前がどんどん変わるし、養子とか部屋子とか、でも実子かもしれないとか、さらに門閥を超えた結婚や養子縁組が多くて、誰と誰が甥だか孫だか。だからこそ、少しでも歴史を頭に入れて、それぞれの役者の型へのこだわりや背負っているものに感情移入できれば、観劇の味わいが増すということだろう。

非常に特殊な、閉じた世界の物語なのだが、普遍的な人間社会の要素も浮かんでくる。家柄が立派な役者で芸や人気が十分でも、権力に関心がなければ、長く主役というポストには君臨できない。また本人に力があっても、上の世代がスター揃いだとなかなか主役が回ってこなくて、結局トップになり切れない。
最近でいえば、団十郎、勘三郎を早く失ったことはファンとして残念だけれど、その分、海老蔵、菊之助、染五郎、勘九郎らにスポットがあたり、その成長が楽しみになる。興行としてうまい仕掛けといえるかもしれない。(2014・12)

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December 10, 2014

本にだって雄と雌があります

文集に将来の夢のベスト・スリーをそれぞれ発表するコーナーがあったのだが、何を隠そう私は第三位のところに「小説家」と書いていた。これだけでもう執行猶予のつかない懲役四年ぐらいだ。しかしこれは奈落へと至る三段跳びのホップに過ぎなかった。というのも、私はさらに第二位の欄には「中説家」、そして第一の欄には狙い過たず「大説家」と書いてしまったのだ。死刑確定で再審請求も却下だ。大、中、小、この三段構えの冗談を思いついた小学校六年生の私の心は亢竜のごとく舞いあがり、これで一生喰いっぱぐれない、このギャグ一つで世界を回れる、と思った。日本語なのに。

「本にだって雄と雌があります」小田雅久仁著(新潮社)

2012年Twitter文学賞国内編第1位の奇想天外な圧巻ファンタジーを電子書籍で。全編がごく平凡そうな男・博が息子の恵次郎に、深井家の歴史を伝える長大な手記の形をとっている。その物語には、本と本から本が生まれ、まるで鳥のように飛び回る「幻書」の奇跡がまつわっていた。

大変な力技だ。とにかく全編を彩る無駄な笑いがリズミカルかつ強引で、ぐいぐい持っていかれる。そうして何が本筋なのが判然としないまま、ニタニタしているうちに、読む者は壮大な夢に巻き込まれちゃう。
それは本好きなら、誰もが一度は想像するであろう2つの夢だ。1つは、家にある本がどんどん増殖しちゃう謎の正体。自分で手に入れているくせに、不思議としか思えない。そしてもう1つは、世界のどこかに古今東西の書物が集まった理想郷があるというイメージだ。好きな本、無尽蔵な人類の智恵を、時間無制限に読みまくれる図書館。

ギャグと幻想とのミックスを、見事なディテールと膨大な情報が支える。帝大生で後に学者・文筆家になり、脱力するようなジョークばかり言っていた祖父與次郎と、画家になるおきゃんな祖母ミキのおしどり夫婦の馴れ染めがなんともチャーミングで、古風な青春が眩しい。対照的に與次郎が経験した壮絶なボルネオの戦闘、そして昭和61年に彼を襲った飛行機事故の恐怖。昭和史の明暗がリアルで引き込まれる。
そして大風呂敷が畳まれてみれば、これは書物のように「人から人へ伝わっていくこと」の愛おしさの話だとわかってくる。「與次郎の人生が誰かの続きであったように、私の人生が誰かの続きであるように、君の人生もまた誰かの続きであるはずだから。」というくだりが胸にしみる。快作。(2014・12)

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November 28, 2014

「HHhH プラハ、1942年」

この場面も、その前の場面も、いかにもそれらしいが、まったくのフィクションだ。ずっと前に死んでしまって、もう自己弁護もできない人を操り人形のように動かすことほど破廉恥なことがあるだろうか!

「HHhH プラハ、1942年」ローラン・ビネ著(東京創元社)

個人的にチェコ、ドイツを旅した2014年の締めくくりに、本屋大賞翻訳部門の1位を周回遅れで読んだ。歴史小説を書くということ、それ自体を小説にした異色作だ。
描くのは、ナチ高官でチェコ総督代理だったハイドリヒの暗殺事件。暗号のようなタイトルは「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」の略だ。「第三帝国で最も危険な男」「金髪の野獣」がいかにしてできあがったか、チェコ亡命政府のパラシュート部隊員たちはどのように暗殺計画を実行したか、市井の支援者たちがどれほど悲惨な目にあったか。1972年パリ生まれの著者は兵役でスロヴァキアに赴任した経験を持ち、チェコの人々や文化への愛を胸に、現場に足を運んだり史料をコピーしたりして、丹念に史実を掘り起こしていく。

面白いのは、ところどころ著者本人が登場して、饒舌に語り出しちゃうこと。恋人に原稿を読ませて批判され、大反省したり、車の色などディテールにこだわってイライラしたり。読者は一緒に事件をたどっていくうちに著者と一体化し、やがて襲撃が決行されたプラハの曲がり角に連れていかれて、歴史の「目撃者」となる。終盤、事件シーンの緊迫感は圧倒的! 380ページの大部が、全く苦にならない。力技と評されるのがよくわかる。
ゴンクール賞最優秀新人賞受賞作。高橋啓訳。(2014・11)

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November 20, 2014

この世で一番おもしろいミクロ経済学

21世紀に入っても、ミクロ経済学の大問題は未だに大問題のままだ。個人にとっての最適化の結果が、集団全体にとってもよい結果になるのはどんな場合?

「この世で一番おもしろいミクロ経済学」ヨラム・バウマン著、グレディ・クライン・イラスト(ダイヤモンド社)

「経済学コメディアン」を自認するワシントン大講師による一般向け解説書。全編いかにもアメリカっぽい漫画なので、お洒落で読みやすいけど、マンキューの経済学の10大原理をカバーしているそうです。
需要・供給曲線から始めるのではなく、意思決定から入って、ゲーム理論の解説をたっぷり。市場の意味、「多人数の相互作用の総和」というポイントがすっと頭に入る。お馴染み山形浩生訳。

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October 26, 2014

非線形科学 同期する世界

ばらばらに揺れていた二つの振り子時計の振り子が、互いに示し合わせたかのように、やがてぴったりと歩調を揃えることに気づいて、アイザック・ニュートンと同時代の偉大な科学者クリスチアーン・ホイヘンスは驚嘆しました。時計はなぜ互いを「知って」いるのか?

「非線形科学 同期する世界」蔵本由紀著(集英社新書)

同期現象を研究してきた京大名誉教授による、一般向け解説を読んでみた。時計やろうそくの火あたりはともかく、大勢が橋の上を歩くリズムや拍手まで同期していくとなると正直、なかなかすっと理解できない。
しかし生命現象のような入り組んだシステムを動かすとき、中央でのコントロールより負担が軽い自律分散制御に、同期が役立つという説明を読むと、その重要性に気づかされる。その発想が、ロボットや信号ネットワークなどに応用されていくのが楽しみだ。科学ノンフィクションはなかなか手が出ないけど、視野を広げてくれるなあ。(2014・10) 

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October 09, 2014

ドイツ中興の祖ゲアハルト・シュレーダー

製造コストの伸びに歯止めをかけなければ、企業は生産施設の国外移転を加速し、国内の失業率がさらに上昇する。シュレーダーが「アゲンダ2010」を実行した大きな理由の一つは、グローバル化による国内雇用の喪失だった。

「ドイツ中興の祖ゲアハルト・シュレーダー」熊谷徹著(日経BP社)

NHK出身で、1990年からミュンヘンに住むフリージャーナリストが、東西統一の負荷を乗り越え、欧州危機のなか一人勝ちの様相を呈したドイツの原動力を解説する。中核はシュレーダーが首相時代の2003年に打ち出した、歴史的な社会保障削減策だ。

長期間失業している人へのサポートを削って、自立を促したほか、雇用規制を柔軟にした。ビスマルク以来の伝統である手厚い年金や医療の制度にも、大胆にメスを入れた。
成熟した国家がグローバル経済を生き抜くには、雇用コストの抑制を避けては通れない。これは国を問わず直面する、厳しい現実だ。改革後のドイツでは失業率が改善し、企業は負担が軽くなって競争力を取り戻した。
だがその評価は決して定まっていない。企業は復活しても、働く側では低い賃金にあまんじる「ワーキングプア」が増大しただけ、という批判が強い一方、まずは働き始めることが、暮らしを向上していくステップになるという指摘もある。

有権者に負担を強いる評判の悪い政策を、なぜ実行できたのか。著者はシュレーダーが本来、改革に抵抗する立場の左派SPDの所属だったからこそ、と解説。これは民主党政権が消費増税を決めた、日本の政治状況とも重なる気がする。
さらに著者は、貧困家庭から首相にまで上り詰めたシュレーダーのバックグラウンドと、強い信念に注目する。彼は結局、改革の果実を得る前に政界を追われ、企業経営者に転じて批判を浴びることになってしまう。いつの世も、歴史を動かすのは「変人」ということか。

もちろんドイツの道筋を、単純に日本にあてはめるわけにはいかない。著者はもともとドイツの社会保障が手厚かったため、メスをいれてもなお、雇用のセーフティネットなどは日本を上回ると指摘する。そのうえで、様々な示唆があることは間違いない。(2014・10)

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September 13, 2014

ゼバスチアンからの電話

ゼバスチアンにわたしを連れもどしてほしいとは思わなかった。自分でも不思議だった。だけど、ほんとうに、連れもどしてほしいとは思っていなかった。

「ゼバスチアンからの電話」イリーナ・コルシュノフ著(白水社)

ザビーネは17歳。ボーイフレンドと喧嘩し、芸術家肌の彼に振り回されていた日々に区切りをつける。おりしも家族は父の独断で、ミュンヒェンから田舎町に引っ越すことになり、夫の言いなりだった穏やかな母にも変化が訪れる。

西ドイツの作家が若者向けに描いた青春小説。絶版になっていた翻訳の復刊で、原著の出版は1981年だ。女性の自立や環境保護など、テーマには70年代の香りが濃い。しかし少女から大人への最後の1年という設定には、時代と国を超えて共感できるみずみずしさがある。
進路の選択をめぐる悩み、枠にはめようとする親や教師への反発。そんな思いを友と共有できないもどかしさと、共有できたときの喜び。自分を大切にして、だからこそ周りの人々を大切にできる。日常をたどっていく1人称の語り口は、饒舌過ぎず、知的だ。雪の描写が美しい。石川素子、吉原高志訳。(2014・9)


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August 30, 2014

文芸誌編集実記

文芸誌を編集するという仕事は概してつまらないものだ。そのことにまつわる雑用や気の使い方があまりにも多いからである。

「文芸編集実記」寺田博著(河出書房新社)

吉本ばななや小川洋子ら人気作家を世に出した文芸の名伯楽が、1960年代の文芸誌編集の現場を振り返る。
著者は中途入社した河出書房新社で1962年、「文藝」の復刊に参加。のち編集長を務めた。回顧録の滑り出しでは、30そこそこの気鋭のエディターとして接した松本清張とか小林秀雄とか、大物たちの素顔を描いている。体験的文学史とでもいえそうな、行間にあふれるドキドキ感が、まず楽しい。

加えてリアルタイムで世に出る雑誌というスタイルは、どうしたって時代と切り結んでいくことになる。ヴェトナム戦争特集、江藤淳・吉本隆明対談、三島由紀夫「英霊の聲」など、いわば社会的事件との関わりを描いたくだりには、リアルな熱気がある。
もちろん編集者はプロデューサーとしての役割も担っているから、活字の大きさ、判型の選択から、1967年の会社更生法申請前後の苦難に至るまで、経営的な決断のエピソードも数多い。出版ビジネスの記録としても貴重だ。

のちに時代小説評論で知られるだけあって、著者の簡潔な筆致は、実に心地よい。淡々とした雰囲気にひたりながら読んでいて、「書き手自身の言葉や資質にそむくような借りものの文章は、結局嘘をつくことになる」といった、さらっとした一文に、はっとさせられる。
個人的に勉強不足のせいで意外だったのは、作家としての若き日の石原慎太郎、それから新聞の文芸評論の存在感が、実に大きかったのだということ。これが文壇というものだったのかなあ。著者と吉本パパとの並々ならぬ付き合いも発見だった。
巻末に87年「文藝」復刊二十五周年記念号での坂本一亀氏との対談を収録。(2014・8)

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