June 29, 2008

「ロシア・ロマノフ王朝の大地」

ピョートル大帝の時代からの二〇〇年間で、ロシアの領土は平均すると一日につき四〇〇平方キロメートルの割合で増加した(東京都の面積は約二二〇〇平方キロだから、せいぜい六日分ということになる)。

「ロシア・ロマノフ王朝の大地」土肥恒之著(講談社)   ISBN:9784062807142 (4062807149)

「興亡の世界史」シリーズ。ロシア社会史研究者が描くロシア史。

ロマノフ王朝を中心にしつつ、前提となる13世紀の「タタールのくびき」から説きおこして、ソビエト連邦の成立と崩壊までもカバー。アジアとヨーロッパの狭間におこった独特な国家の、全体の流れがわかる。筆致も教科書のようで、淡々としており読みやすい。

帝国の時代の、東へ、南へという拡大ぶりは、島国育ちの想像を超える感じがある。だから農民の間に、遠くの地への「移住をいわば理想化」する志向が強まり、結果的に狭い土地で工夫する農業の集約化や増産が遅れた、という指摘は興味深い。

ロシア史について、ブロガー推薦の本を続けて読んで、ずいぶん勉強になった。この後は、何かロシア関連のエンタテインメントを探してみよう。(2008・6)

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June 21, 2008

「サンクト・ペテルブルグ」

ペテルブルグはあらゆる意味で巨大な存在なので、「ペテルブルグ学」とでも呼びうる独特の学問・評論領域がある。

「サンクト・ペテルブルグ」小町文雄著(中公新書) ISBN:9784121018328 (412101832X)

在ソ連日本大使館勤務の経験を持つ著者が、「幻想都市」の名所と歴史を案内する。

個人的「ロシア強化月間」第二弾。「素人」向け観光ガイドのかたちをとっており、地図や写真も入っていて読みやすかった。著者自身、「罪と罰」の舞台といわれる街角を訪ね歩くあたり、ちょっとミーハーで親しみがもてる。しかし、真面目に理解しようとすれば、やっぱり複雑で奥が深くて、一筋縄ではいかない。

スラブとアジアの重みを抱えつつ、ヨーロッパに向かって開かれた「近代化の窓」という、成り立ちからして何とも人工的な都市。帝政時代には官僚などとして、大勢のドイツ人が移り住んでいたようなのに、後に悲惨な独ソ戦も経験する。数々の悲劇と矛盾。博物館の展示順の「ハチャメチャ」(混乱)ぶりから、宿命的な混沌に思いをはせるくだりが印象的だ。(2008・6)

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June 16, 2008

「のぼうの城」

 秀吉は、三成の返答をきくなりそう命じ、続けて、三成のその後の人生を決定付ける運命的な下知を与えた。
 「館林城を落せば、武州忍城をすり潰せ」
 そして同時に武州忍城も、戦国合戦史上、特筆すべき足跡を残した城として、運命付けられたのだった。

「のぼうの城」和田竜著(小学館) ISBN:9784093861960 (409386196X)

秀吉天下統一の終盤、小田原征伐。石田三成率いる2万の大軍に、忍(おし)城わずか2千の兵が闘いを挑む。指揮官は、領民からでくのぼうと呼ばれる男だった。

08年上半期の話題作を読んだ。評判通り、一気に読める戦記物。まず、忽然と水に浮かぶ忍城の姿が、宮崎アニメ「千と千尋の神隠し」の一場面のようで絵になる。そして歴史に残る名勝負は、それだけでドラマチックだ。

著者はこの舞台に、魅力的な登場人物を配してテンポのいい娯楽作を生み出した。活躍する武将3人は冷静な丹波、豪腕の和泉、美青年靱負(ゆきえ)。まさに講談の王道「三銃士」の取り合わせに男勝りのヒロインが加わり、乱暴なやりとりが歯切れ良くユーモラスだ。

しかも彼らを率いる主人公、成田長親(ながちか)の造形が、ダルタニヤンとは180度かけ離れているのが憎いところ。運動神経ゼロのぬうぼうとした大男で、領民から面と向かってバカにされている。何を考えているのか、あるいは何も考えていないのか、勇者か臆病者か、正か邪か。不思議な掴みどころのなさで、300ページを引っ張っていく。

意地に生きる悲運の男、三成との対比もうまい。どんなマニュアルも逸脱した「天然」のリーダー。側にいたらイライラするだろうなあ、と思いながらも、拍手を送ってしまう。映画化にも期待。(2008・6)

「のぼうの城」和田竜  しんちゃんの買い物帳

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June 12, 2008

「ロシア 闇と魂の国家」

ロシアはわからない、という嘆きは、ロシアはもとより、欧米人の間にもゆるぎない事実としてある。ヨーロッパとアジアを両足でまたぐロシアに対し、一種のバイアスのかかった畏怖や憧憬が今もって欧米圏に広く存在することは、ロシア論なるジャンルの興隆がこれを物語っている。

「ロシア 闇と魂の国家」亀山郁夫、佐藤優著(文春新書)       ISBN:9784166606238 (4166606239)

「カラマーゾフの兄弟」新訳で話題をまいたロシア文学者と、異能の外交官が語り合うロシアという国。

私的「ロシア強化月間」第一弾に選んだのだけれど、ハイレベルすぎた。文豪とか、キリスト教会の分裂とか、スターリンとか、基礎知識が全くないので、感想を書くほど理解できていない。情けないです。
そんななかで、東京外語大学長という要職にある亀山氏の、ドストエフスキーとロシアへの愛の深さ--凍てつく大地や、繰り返し現れる「独裁者」も含めて--だけは、とてもよく伝わってきて印象的。(2008・6)

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June 08, 2008

「無言の旅人」

「大切な人が切実に望んでいることを、妨げたり気付かないふりをしたりするのは、ひどいことだからね。僕はそういうことは極力しない。あなたも、そういうことはしない人だと思う」

「無言の旅人」仙川環著(幻冬舎)    ISBN:9784344014497 (4344014499)

交通事故で意識不明になった男性。その「望み」をかなえるべきなのか、家族や婚約者、医師たちは苦悩する。

力作だと思う。テーマは命の選択。巻末に掲げられた参考・引用文献を眺めただけでも、とても重い。しかも重いということが、誰にもわかっている。読者を裏切ったり驚かせたりするのは、ほとんど不可能といっていいテーマだろう。あえていうならば、エンタテインメントとして、非常に足枷が多い。

けれど著者はこのテーマを、そして愛する人の意思を理解するということの、この上ない困難を丁寧に、抑制をきかせて描いていく。例えば「半落ち」(横山秀夫著)などと比べると、この小説の筆致は時に、淡泊に感じるくらいだ。どんなに深刻な苦悩に直面していても、人は生きている限りお腹がすくし、食べるために働いたりもしなければならない。婚約者、公子の働く女性としての爪、そして華やかな妹、香織の爪との対比といった、何気ない日常の描写がリアルだ。

ミステリーとしての意外性とか興奮は、薄いかもしれない。300ページ強と、さほど長い小説でもない。しかし重いテーマを、あえてこういう形にまとめたことに、著者の気構えのようなものを感じる。

一人ひとりの存在はかけがえがなく、そしていつだって「書きかけのメール」なのだ。(2008・6)

無言の旅人  図書館司書の読書日記
無言の旅人   読書の薦め
無言の旅人 仙川環  活字中毒者の小冒険2

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June 04, 2008

「リヴァイアサン号殺人事件」

「こんなこともできますよ。目隠しをして、その人の立てる音や匂いからその人についていろいろなことがわかります。なんだったら、確かめてみてください」
 そして白いサテンのネクタイをとって、クラリッサに渡した。

「リヴァイアサン号殺人事件」ボリス・アクーニン著(岩波書店)ISBN:9784000246347 (4000246348)

19世紀末、パリの富豪邸で起きた大量殺人。刑事は容疑者を追い、スエズ運河からインドへと処女航海に向かう豪華客船「リヴァイアサン号」に乗り込む。

ロシアのベストセラー。印象は、様々なミステリーの要素を詰め込んだ、遊び心満載の一冊という感じ。客船に乗り合わせ、謎解きに挑む外交官ファンドーリンは頭脳明晰な美青年で、ホームズばりの洞察力をみせつける。客船という密室で起きる殺人事件と、それぞれ曰くありげな乗客たちの人間模様はクリスティ風だし、東洋の財宝を狙う謎の女詐欺師や、ドタバタの舞台回し役を演じる刑事のキャラクターはルパンものを彷彿をさせる。そういう「いかにも」な雰囲気を、楽しんで読んだ。

ミステリーとしては、さほど凝ってはいないかもしれない。しかし、多国籍な登場人物同士のやりとりの中に、当時の欧州列強の軍拡競争やら、西洋と東洋の相容れなさやらが、嫌みにならない程度に散りばめられ、知的な雰囲気がある。著者がもともと日本文学者とあって、日本人アオノが登場し、ことあるごとに陳腐な句をひねるのもご愛敬だろう。
そして、ひとり悲しみの淵に沈むストークス氏の独白が、なんだか余韻を残す。「ペンギンの憂鬱」の沼野恭子訳。(2008・6)

『リヴァイアサン号殺人事件』 を読んで。  貼雑帖
『リヴァイアサン号殺人事件』  わかばの日記2nd

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May 29, 2008

「Carver’s Dozen」

これはなんというか、立派な人が一人もでてこない立派な小説です。

「Carver’s Dozen」レイモンド・カーヴァー著、村上春樹編・訳(中公文庫)  ISBN:9784122029576 (4122029570)

村上春樹が愛する短編、詩、エッセイを収めた「レイモンド・カーヴァー傑作選」。1編ずつ、冒頭に村上春樹の短い解説が付いていて、引用はその中の一節だ。

あらかじめ筋書きを知っていても、読んでしみじみとしたり、はっとしたりするのは何故だろう。突然、掃除機のセールスマンが家に訪ねてくる「収集」の、居心地の悪さ。名前はつけられないけれど、何か大切なものを見つけた感じがする「大聖堂」。そして何といっても、一人息子が誕生日の朝に事故に遭ってしまう夫婦を描いた、「ささやかだけれど、役に立つこと」。

理不尽な人生に対する深い悲しみと、悲しいからこそ感じることができる小さな温かさ。泣けます。本を読む楽しみを噛みしめる一冊。(2008・5)

レイモンド・カーヴァー傑作選/レイモンド・カーヴァー  ここではないどこかへ

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May 24, 2008

「あなたの余命教えます」

定年後の寿命が間違いなくあと二十年もあると確信できたら、自分はあのとき先輩の勧めに従って、勇気を出して新しい仕事に踏み出していたかもしれないではないか。

「あなたの余命教えます」幸田真音著(講談社)   ISBN:9784062145428 (4062145421)

定年を四年後に控えたメーカーの部長代理が、ふとしたはずみで関心をもった「余命予測ビジネス」。そこには様々な人間模様が渦巻いていた。

題材が興味深い。ゲノム解析やデータマイニングの技術を駆使して、人の余命を算出する。最近読んだ「プロファイリング・ビジネス」(ロバート・オハロー著)や、「その数学が戦略を決める」(イアン・エアーズ著)などの内容を踏まえれば、もしかしたらもう実在するサービスかもしれない、と思わせる。

もちろん、題材はあくまで題材。ストーリーの主眼は余命を知ろうとすること、そして知ってしまうことが、平凡な人間の心に巻き起こす悲喜こもごものほうだろう。そのあたりの二転三転は、テンポが良くて読みやすい。ラストはちょっと、「放り出された感」があるとは思うけれど。(2008・5)

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May 22, 2008

「テロマネーを封鎖せよ」

そしてわたしはスタンフォード大学のキャンパスから数キロの森の中の小村にある、バックス・オブ・ウッドサイドというレストランを選んだ。このレストランはシリコンバレーのベンチャー・キャピタリストや起業家が商談や会社設立について話し合う場所として評判だった。私たちの協議は何千億ドル規模に上るだろうが、レストランの雰囲気はこうした話し合いに適していた。

「テロマネーを封鎖せよ」ジョン・B・テイラー著(日経BP社)  ISBN:9784822246235 (482224623X)

中央銀行の金利決定に関する「テイラールール」の考案で有名な経済学者が、米財務省次官として経験した国際金融外交の裏表を綴る。

著者は9・11直後の世界的なテロ資金凍結や、イラクの通貨切り替え、中国元の変動相場制移行をめぐる駆け引きなどに、八面六臂の活躍をする。映画のワンシーンのようなホワイトハウス・シチュエーションルームの戦略会議、人目をはばかる通貨マフィアたちとの秘密会合、軍輸送機で乗り込むバクダッド。歴史を動かしたエピソードの連続だ。

子供じみた感想だけれど、有力者の回顧録というのはイコール、自らの功績をめぐる自慢話の連続だと思う。かつてべーカー元国務長官の回顧録「シャトル外交 激動の4年」(新潮文庫)を読んだときも、同じようにその自負心の強さにちょっと圧倒されたのを思い出した。

とはいえ、著者のずば抜けた知性ゆえか、翻訳が巧みなのか、読んでいて嫌みな感じは受けない。もちろん米国の金融政策にはいろいろと議論があるのだろう。あるいは、著者があえて触れていない本当の裏話があって、それを知ったらまた、違う印象をもつのかもしれない。けれども、本物のエリートの仕事ぶりに、素朴に感嘆したのも確かだ。嫌みを感じさせる余地もなく、実にクリア。まず明確な目標を設定し、絶えず部下を鼓舞し、自らも勤勉に働く。信じる「正義」に対し、一切の迷いはないのだ。中谷和男訳。(2008・5)

 ジョン・B・テイラー『テロマネーを封鎖せよ』  Economics Lovers Live

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May 18, 2008

「おれは非情勤」

非常勤--冴えない響きだ。長くやる仕事じゃないな。

「おれは非情勤」東野圭吾著(集英社文庫)   ISBN:9784087475753 (4087475751)

「おれ」は非常勤の小学校教師。病欠の教師などのピンチヒッターとして、学校を渡り歩き、大小の事件に遭遇する。

重い小説を1冊読んだあと、ちょっと休憩のつもりで積読の山から発掘した薄い文庫。初出は「学習」。撤退も噂される懐かしい子供向け雑誌で、つまりはジュブナイルだ。言ってしまえば他愛ない連作を、思いがけず楽しんだ。

解説で細谷正充氏も書いているけれど、教育に情熱なんて持ち合わせない主人公のたたずまいが、なんともハードボイルドで小気味いい。事件に遭遇するたび、「ついてないな」と面倒くさそうに謎解きをして、最後に短く気の利いたセリフで人生を語ったりする。メインの連載は97年ごろだから、出世作「秘密」の刊行時期だろうか。子供向けでも光る、この職人技。東野作品はほとんど読んでいると思うが、まだこんな「発見」もある。(2008・5)

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«「悪人」