December 19, 2021

「グレート・ギャツビー」を追え

きつい一日があったようなときには、僕はときどきこっそりここに降りてくる。そして鍵をかけて閉じこもり、本を引っ張り出すんだ。そして想像してみる。一九五一年にJ・D・サリンジャーであるというのは、どういうことだったんだろうってね。

「『グレート・ギャツビー』を追え」ジョン・グリシャム著(中央公論新社)

法廷もののヒットメーカーが意外にも、稀覯本取引をめぐるサスペンスを執筆、なんと村上春樹が翻訳。400ページをするする読めて楽しい。ハルキマジックもあると思うけど、後書きで訳者自身が「いったん読みだしたら止まらなくなった」と書いているから、掛け値無しなんだろう。

いきなりオープニングの疾走感、プリンストン大学から大胆不敵にも、フィッツジェラルドの直筆原稿が強奪されるくだりで引き込まれる。お約束、終盤の盛り上がりも期待通りで、コレクターと警察の息詰まる攻防は、スピーディーでスリル満点、かつ国境をまたいでスケールが大きい。そのままトム・クルーズに映画化してもらいたい。
もうひとつの大きな魅力は、美しいフロリダ・カミノ島で書店を営むブルース・ケーブルの人物造形だ。リッチで知的で圧倒的人たらし、本と小説家コミュニティーと女性たち(!)をこよなく愛する。こっちはブラピのイメージか。なにせ巧いです。

メーンの題材は稀覯本取引の、知られざる世界。大好きな出久根達郎さん著書に「作家の値段」というものがあって、文学的価値はもちろん重要だけれど、古書という資産としての価値も、十分ドラマチックなんだよなあ。出版ビジネスの事情も興味深い。著者による書店サイン会ツアーの悲喜こもごもとか。
ブルースが主人公の続編も出ているという。期待。(2021年12月)

November 20, 2021

きのね

元日の朝は、人が「金銀銅のお宝」と羨むこの家の三兄弟が紋付き袴で揃い、父に手をついて新年の賀をのべるのを、遠くから見て光乃は涙のにじむような感動をおぼえた。

「きのね 上・下」宮尾登美子著(新潮文庫)

昭和初期から戦後にかけて、思いがけず歌舞伎役者の家の住み込み女中となり、ついには宗家の跡取りの妻となった、ひとりの女性の生涯。モデルは11代目市川團十郎の妻、千代とのことで、「松緑芸話」で読んで興味をもっていた。んー、想像以上に壮絶である。
もとより部分部分はフィクションなんだろうけど、檀ふみの後書きによると、12代目誕生の裏(自宅ひとり出産!)を知る産婆さんにまで取材したとのことで、作家の執念が感じられる。封建的で、体面を何より気にする梨園のこと。執筆には相当な困難が伴ったはずだ。そこまでして書きたかった、千代の生き様とは何なのか。
親兄弟を頼らず食べていくには、女中になるしかなかった光乃。地味で無口で、常にじいっと周囲を観察している。巡り会った坊ちゃま雪雄は美貌の花形なのに、伝説的な癇癪持ちで、命の危険すら覚えるDVが日常茶飯事。そもそも妻を人間扱いしておらず、優しくするなどもってのほか、長男が小学校にあがるまで存在自体をひた隠しにする。なんてスキャンダラス。それでも光乃は尽くしに尽くす。決して読んでいて気持ちの良い話ではない。
愛情とも言えるけど、なんだか光乃は行き場がなくて耐えるうち、役者たちという特異な生き物が放つオーラに巻き込まれたと思えてくる。深い舞台表現と、磨かれた伝統の芸と、華やかで危ういアイドル性…。歌舞伎世界に棲む、何か魔物めいたものと恋に落ちたのではないか。
流れるような文体で、すらすら読める。ところどころ登場する名優たちの横顔も興味深い。(2021・11)

October 30, 2021

バッタを倒しにアフリカへ

研究対象となるサバクトビバッタは砂漠に生息しており、野外生態をじっくりと観察するためにはサハラ砂漠で野宿しなくてはならない。どう考えても、雪国・秋田出身者には暑そうだし、おまけに東北訛りは通用しない。などなど、億千万の心配事から目を背け、前だけ見据えて単身アフリカに旅立った。
 その結果、自然現象に進路を委ねる人生設計がいかに危険なことかを思い知らされた。

「バッタを倒しにアフリカへ」前野ウルド浩太郎著(光文社新書)

深刻な飢饉をひきおこし、「神の罰」と呼ばれるバッタを研究するため、日本人が13人しか住んでいないという西アフリカ・モーリタニアに乗り込んだ、31歳ポスドクの爆笑体験記。
過酷な自然や習慣はもちろん(早々に山羊の丸煮込みが登場!)、待ち合わせから1時間遅れは当たり前、郵便局で荷物の受け取りに袖の下を要求される、フィールドワークに出た砂漠には地雷が埋まっている等々、相当にヘビーな日々を、軽妙に語っていく。
実際、ちょっとやそっとのトラブルでめげる前野氏ではない。子供のころファーブル昆虫記に熱中して以来の、異常なほどにあふれる昆虫愛があるからだ。好きなバッタに没頭して生きていくためには、実績となる論文をものにし、研究職を獲得することが至上命題。
ところが自然は思うようにならないもの。研究するはずのバッタ大発生の知らせは、なかなか届かない。「さしものバッタも私に恐れをなし、身を潜めたに違いない」などと強がってみても、時間と資力ははなはだ心許なく、不安が募る。
なんとか収入を得ようと京大に乗り込んでいくシーンの、とんでもない行動には抱腹絶倒。しかし最終面接で松本紘総長(当時)が語りかける言葉、そしてついに成虫の大群が襲来するクライマックスは大感動だ。
ちなみにウルドとは、籍を置いた国立サバクトビバッタ防除センターの所長から親しみと尊敬をこめて送られたミドルネームだ。新書大賞受賞。(2021.10)

September 26, 2021

最後通牒ゲームの謎

理屈をいくら説明されても気持ちのうえではどうにも納得がいかないと、多くの学生さんにそんな顔をされるほとんど唯一といっていいものが、この最後通牒ゲームです。

「最後通牒ゲームの謎」小林佳世子著(日本評論社)

あなたは被験者です。1000円を、もうひとりの被験者と分ける、いくら渡すかは自由だけど、相手が受け取りを拒否したら全額没収です。さていくら渡す? いくらだったら受け取る?
経済学の1分野、ゲーム理論の研究できわめてポピュラーだという「最後通牒ゲーム」は、しごくシンプルでありながら、「模範解答」を聞かされてもなかなか納得しづらい「謎」のモデルだ。人はなぜ、納得しづらいのか?

著者はたった一つの問いを徹底して吟味し、考えるための枠組みを求めて、実験経済学から神経経済学、脳科学、進化心理学へと突き進んでいく。見えてくるのは人の行動を左右するキーワード、すなわち共感、協調、裏切りへの反発、ゴシップ好き…。不合理にみえても、それぞれのキーワードには、壮大な人類生き残りの知恵が詰まっているのだ。ほお。

終始とぼけた筆致だし、繰り出される知見が面白くて、すいすい読める。しかし広範な先行研究を読み解き、組み立てていく知的運動量は並大抵でない。
これって経済学なの?と突っ込みつつ、ラストではちゃんと経済学の問題意識に帰ってくるあたりが爽快だ。それは「社会に生きるヒト」という存在が、どう意思決定するのか、そのクセを解明して、幸せな社会のシステムを作るっていうこと。

副題は「進化心理学からみた行動ゲーム理論入門」。入門というだけあって、素人は本文だけを、ちゃんと勉強したい人は「コラム」「補足」を、さらに興味があれば大量に紹介している参考文献をどうぞ、という構成が親切だ。第1版はちょこちょこ誤植があるのが、玉にキズだけど。(2021・9)

 

September 13, 2021

「中国」の形成

清朝なかりせば、東アジアの多元勢力をとりまとめ、平和と繁栄をもたらす事業はかなわなかった。しかし歴史というのは、常に冷酷である。非力なりに最善を尽くしたはずの清朝は、「革命」の声の中で亡んでいった。

「『中国』の形成 現代への展望」岡本隆司著(岩波新書)

「シリーズ中国の歴史」の第5巻を読む。
「マンジュ」が興した清朝が、モンゴル、チベット、ウイグルを「藩部」として緩やかに取り込み、周辺国(属国)や海外諸国(互市)と結びついて反映したさまを、著者はリアリズムに徹したと分析。東アジアに平和をもたらし栄華を謳歌した功績は大きいものの、多元を一元に転化させるほどの力量はなかったとみる。

そして日清戦争が分水嶺となって、情勢は変貌。帝国主義列強の外圧「瓜分(かぶん)」の恐怖はもとより、明治日本の急伸を目の当たりにして、それまで多元的で緩やかだった清は、体制変革、「国民国家」の大義へと駆り立てられていく。
果たしてその「夢」は、どこへ向かっていくのだろうか。んー、まだまだ勉強が必要だ。(2021・9)


August 22, 2021

オリーヴ・キタリッジの生活

長いこと聞き慣れた妻の声だ。こうして二人で笑っていると、愛と安らぎと痛みが、避けた破片のように身体を刺し貫いた。

「オリーヴ・キタリッジの生活」エリザベス・ストラウト著(早川epi文庫)

一番大切に思う夫や一人息子とうまくやれずに、なぜ通りすがりの人に優しくしちゃうんだろう。アメリカ北東端メイン州の、さえない海辺の町クロスビー。田舎町に長く住む住民たちは皆ごく平凡なんだけど、実は心の内に、どうしようもない情熱や裏切りや諦念を抱えている。2008年発表、ピュリッツァー賞を得た連作短編集。

なにせ狭い町だから、短編ごとの登場人物は少しずつ重なる。複数の主役、それ以外も脇役で顔を出す表題のオリーヴの造形が、特に秀逸だ。スコットランド系の大柄な数学教師。とにかく愛想ってものがなく、ずけずけものを言うので周囲に疎まれがちで、読んでいて切なくなるほど。はるばるニューヨークへ息子家族を訪ねる「セキュリティ」の顛末が、特に辛い。こういう悲しくなる話を、寝る前に読んじゃいけない。

胸に迫る細部は、作家の鋭く容赦ない視線があればこそ。自宅のダイニングとか、帰り道の車の中とか、地味な日常の会話から、ふと立ち上がる激情が鮮やか過ぎます。なんてことない日常から、どんな無鉄砲も事件事故も起きりうる。そして辛くても切なくても、自らの選択であることだけは、間違いない。

視線はシニカルながら、どこかとぼけた味もあって、ニヤッとさせる。老境にさしかかった夫婦の会話。夫「きょうの夕食は何かな」、不機嫌な妻「イチゴ」。やれやれだ。なにかというとダンキンドーナッツが登場するし。

小川高義訳。2010年の邦訳が話題となり、2012年に文庫化。文庫解説の井上荒野をはじめ、多くの読書家が絶賛。鴻巣友季子は「ダブリナーズ」を彷彿とさせるとも。(2021・8)

July 20, 2021

かくしてモスクワの夜はつくられ、ジャズはトルコにもたらされた

絶望に屈してほどほどのところで手を打つのは性に合わなかった。彼は心に決めていた。もういちど、一からやり直そう。自分をコンスタンティノープルまで連れてきた歴史の力との知恵比べだ。

「かくしてモスクワの夜はつくられ、ジャズはトルコにもたらされた」ウラジーミル・アレクサンドロフ著(白水社)

20世紀初頭、ロシアとトルコで財をなした希代の実業家フレデリック・ブルースの波乱の生涯。原題は単に「The Black Russian」なのだけど、なにしろ無名の人物なので、長い邦題に加え、親切な副題「二つの帝国を渡り歩いた黒人興行師フレデリックの生涯」がついている。
無名のうえに、英雄でも偉人でもないんだけど、読み始めるとその冒険に引き込まれる。幕開けの、命からがら黒海の港町オデッサを脱出するシーンからして、手に汗握るスペクタクルだ。映画が何本も作れそう。

繰り返し思い知らされるのは、時代の大状況の前に、いかに個人が無力かということ。フレデリックの場合、大状況とは人種差別と革命による体制変更だった。
両親はもともとミシシッピ州に住む奴隷で、南北戦争終結による解放からわずか4年後に農場を持つが、詐欺に遭って転落する。フレデリックは18歳で南部に見切りをつけ、シカゴ、ニューヨーク、さらにロンドン、パリ、ミラノ、ウィーン…と放浪。帝政下のモスクワに腰を落ち着けたのは、黒人差別を感じなかったからだ(ユダヤ人差別はあったようだけど)。
そこで腕一本でのし上がり、大規模キャバレーを経営して成功をおさめるが、ロマノフ朝の崩壊によって一転、すべてを失っちゃう。難民となってたどり着いたコンスタンティノープル(イスタンブール)で見事に再起するものの、またもオスマン帝国の終焉になぎ倒され…

著者は決してフレデリックを美化していない。借金まみれだったり国籍を偽ったり、家庭も温かいものとはいいがたい。それでも運命に抗い、生き抜くしたたかさは痛快だ。
そもそもフレデリックの両親が、当時の南部では珍しい黒人による農場経営に乗り出していて、不屈の闘志を感じさせる。原著の出版は2013年だから、ちょうどBlack Lives Matterの発端のころなんですね。

さらに全編を魅力的にしているのは、フレデリック自身に成功をもたらした、客の心をわしづかみにする朗らかさ、うきうきした気分だろう。流行のジャズとダンスと可愛いロシア娘、おバカな喜劇やヴォードヴィル、ボクシング興行。ふと思い立つとボス自らどんちゃん騒ぎをはじめ、従業員らを引き連れて街を練り歩き、居合わせた人に誰彼かまわず、じゃんじゃん酒をおごっちゃう。
一個人に大状況は変えられない。どんなに理不尽でも、どうにもならないことはある。そのとき「ロシアの広い心」のいい加減さが、いかに人を生きながらえさせるか。

近代史を、歴史本とは違った角度から眺める趣きも。それにしても、よくぞ、こんな面白い人物を発掘したなあ。著者は亡命ロシア人二世で、米国におけるロシア文学研究の第一人者とか。ノンフィクションは畑違いだったわけだけど、巻末の膨大な出典一覧や原註が、研究者らしい手堅さと並々ならない情熱を物語る。労作にして異色作。竹田円訳、沼野充義解説。(2021・7)

June 29, 2021

天離り果つる国

「かような天離る鄙の地に、まことに城など築かれているのでござろうか」

「天離り果つる国 上・下」宮本昌孝著(PHP研究所)

山深い白川郷に、かつて存在した帰雲城。非情、苛烈な戦国の世にあって、弱小ながら独立平和のユートピアを求めた内ケ嶋氏の闘いを描く。2020年に話題だった娯楽時代長編だ。

戦国なので、まあ残酷だったりお色気だったり、けっこうどろどろなエピソードがてんこ盛り。悪役は伝奇ものっぽい怪物だし、実は兄妹の禁断の恋とか、往年の大映ドラマみたい。だけど架空のヒーロー、竹中半兵衛のまな弟子・七龍太と、野性味あふれる姫・紗雪のコンビの造形が、爽やかでいい。読みながらなぜだか、長谷川博己&川口春奈のイメージが浮かんだ。

金銀の鉱山経営や、火薬の原料になる塩硝の製造など、テクノロジーが切り札になる構図が興味深い。帰雲城についての予備知識がないままだったので、大詰めの展開には愕然としたけど、ラストにまた一捻りあって、にんまり。サービス精神たっぷりです。あ、帰雲城って埋蔵金伝説なんてのもあるんですねえ。(2021・6)

June 13, 2021

令和の国防

アメリカは、一体、インド太平洋地域のどこまでを軍事力を使って守るだろうかというリアリティチェックが必要です。米国の国力は無限ではありません。

「自衛隊最高幹部が語る 令和の国防」岩田清文、武居智久、尾上定正、兼原信克著(新潮選書)

外交官で、2014年新設の国家安全保障局で次長も務めた兼原信克氏が舞台回しを務めた、陸海空の元自衛隊幹部による座談会。2020年6月収録なので、バイデン米大統領の誕生前だし、コロナ禍もまだ半ばではあるが、台湾有事をめぐる危機感など、その後の議論を先取りする部分も多い。

まず歴史と国際情勢を学び、現実を直視して、冷静に分析すべし。そして責任ある立場の者が、責任ある場で逃げずに議論すべし、という論調には、多くの示唆がある。一方で、具体的な人員とか予算とかに話題が及ぶと、自らの組織第一の意識が見え隠れしてきて、胸がざわざわするのは否めない。こういう組織の論理が結局、国家の道を誤らせることになるのでは、と。

巻末には具体的な提言も。まずはこの意味を広く議論できるリテラシーの普及が必要、あまり時間は残されていないのでは、と思えてならない。(2021.6)

May 23, 2021

三体Ⅱ 黒暗森林

宇宙文明の公理が誕生したこのとき、はるか彼方のあの世界は、固唾を呑んで一部始終を聞いていた。

「三体Ⅱ 黒暗森林 上・下」劉慈欣著(早川書房)

ヒットSF「地球往事」3部作の2作目。1作目をはるかに超える壮大さで、数光年の彼方から刻々と迫りくる「三体文明」との、手に汗握る終末決戦、そして人類の選択を描く。その時空を超えるイマジネーションに、まずは圧倒される。
なにしろ人工冬眠によって、登場人物は世紀をまたいで生きる。巨額の軍事費や異常気象で、人類は世界人口がなんと半減以下に落ち込んじゃう、恐ろしい「大峡谷時代」を経験する。さらにたった一機の美しい三体探査機「水滴」が、完膚なきまでに人類の希望たる大宇宙艦隊を粉砕する。映像的なスケールも絶望感も、半端ない。

知的情報量は、三体文明とのファーストコンタクトを描いた前作以上。全宇宙の謎「フェルミのパラドックス」だの、物理学ネタ(核融合エネルギーその他)だの軍事ネタ(特攻隊も!)だの、何が何だか正直、全く消化できない。これがエンタメとして成立してるだから、その力業に舌を巻く。
ひとりの社会学者、どっちかというと覇気のない、女たらしの羅輯(ルオ・ジー)がすべての鍵を握る。なんという娯楽性! 1作目に続いて登場、はぐれ警官の史強(シー・チアン=大史ダーシー)とのコンビは、まるで海外刑事ドラマで痛快だし。思索と果断の人・章北海(ジャン・ベイハイ)や、知性と誠意の人・丁儀(ディン・イー)も魅力的だ。

なによりツボなのは、「危機に瀕した際の選択」というテーマが、SFどころじゃなく実に現実的だってこと。露わになる集団心理や制度のカベについて、決してくだくだ論ぜず、クールかつさらっと指摘していて、ドキリとさせる。
例えば三体文明の到達前に、人類が太陽系を脱出することは不可能、なぜなら倫理感が壁になって、逃げおおす者と残る者を選別できないから、とか。受ける者が自ら希望するなら、マインドコントロール(精神印章)は思想統制とは言えない、とか。あー、どっかで聞いたような。
極めつきは宇宙船で繰り広げられる、あるべき社会の議論だ。民主主義はイノベーションを生むけど、全体のために部分を犠牲にするような危機(コロナ禍?)に対して脆弱、全体主義はその逆。どちらを選ぶか、人類はまだ答えを見いだしていない… 

結局、SFだけど、全編を牽引するのはサイエンスというより心理戦。ゲーム理論のような洞察なのです。なにしろ三体文明が送り込んだ極小AI「智子(ソフォン)」に対抗する人類の最終兵器が、決して心の内を明かさない4人が立案する「面壁計画」! それって禅ですか? 
そして伏線が回収され、謎解きは相互確証破壊に至る。中国4000年の知恵、恐るべし。鮮やかです。

んー、こうなるとすべての発端、葉文潔(イエ・ウェンジエ)って結局、何をどうしたかったの? そして3作目ってどうなっちゃうの? 気になるー。大森望・立原透耶・上原かおり・泊功訳。(2021・5)

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