August 14, 2018

蒲公英草紙 常野物語

今はどこに何があるか分かっているのに、そのことがますます我々を不安にさせ、心配事を増やしている

「蒲公英草紙 常野物語」恩田陸著(集英社)
積読の山から発掘した、2005年刊行の「常野」シリーズ3作の2作目。…という基礎知識無しに読み始めたけど、一気に引き込まれた。
舞台は明治期の東北、阿武隈川沿いの農村。語り手の女性、峰子が回想する、故郷の四季がまず美しい。心優しい少女時代の峰子は、病弱なお嬢さま、聡子の話し相手として、地域のリーダーである地主の屋敷に通うようになる。聡明な聡子との娘らしい友情、きらめく感性や、屋敷に出入りする個性的な人々との温かい交流が、心地よく胸に染みる。慈愛に満ちた地主の夫妻、やんちゃでチャーミングな次男、洒落者の洋画家、苦悩する若き仏師。彼らがかわす会話がまた知的で味わい深い。
内容はファンタジーで、ある年、「常野(とこの)」と呼ばれる流浪の一家が地主邸に滞在し、謎の超常能力を発揮する。しかし常野は主役というより、人々の意識を動かす触媒のような存在となっている。時は日露戦争前夜。平穏な地方の村にも、世界の一流国を目指す日本の熱気と、そんな世相に対する獏とした不安が迫り来る。
終盤、村を襲う大水のスペクタクルは、手に汗握ると同時に、今も繰り返す自然災害の猛威を思わせて切ない。悲劇は時代の奔流と重なっていき、登場人物たちが運命を引き受け、すべき役割を果たすという覚悟につながっていく。250ページと、決して分厚い本ではないけれど、描かれるイメージは重層的だ。
なんといっても見事なのはラスト2ページで、回想している峰子の現在が明らかになり、深い余韻を残す。今、若い世代が読むべき一冊なのかもしれない。(2018・8)

August 07, 2018

この落語家を聴け!

「落語ブーム」という言葉には、もう用は無い。落語は常にそこにある。ただ「客が呼べる噺家がいるかどうか」だけの問題だ。

「この落語家を聴け!」広瀬和生著(アスペクト)
自宅の積読の山から、2008年の話題本を今更ながら。この時点の「いま、観ておきたい噺家51人」の紹介なので、立川談志、柳家喜多八が登場するのがなんとも切ない。しかし2007年「ほぼ日寄席」の立川志の輔あたりから落語を面白いと思い、談春、市馬、喬太郎…と聴いてきた軽めのファンとしては、いわば歴史の証言を面白く読んだ。
先日の落語会で、後ろの席の観客が前方に金髪の男性を見つけ、噂していたのがまさに著者。本業はハードロック・ヘビメタ雑誌の編集長だけど、落語評論家としても本書でブレイク、今や落語会のプロデュースも手がけているという。ほぼ毎日高座に接し、DVDなども細かくチェックしているらしく、そのマニアックな知識量に圧倒される。とはいえ落語を今の時代に生きる、開かれたエンタテインメントとする主張には、多くの人が共感するはずだ。
本書では演者一人ひとりの持つキャラクター、技術、何よりギャグや演出の工夫による独自性を高く評価し、熱く語っている。登場する噺家たちが、その後も着実に進化し続け、さらには一之輔ら新たな真打、二つ目にも人気者が現れている落語シーン。本書の予言がしっかり実現しているといえそう。
個人的は、未体験の噺家さんや演目も盛りだくさん。お楽しみはこれからだ。(2018・8)

July 21, 2018

2020狂騒の東京オリンピック

日本のスポーツ界は位相がずれている。経済合理性では割り切れない不思議な世界だ。

「2020狂騒の東京オリンピック」吉野次郎著(日経BP社)
2020年7月24日の東京五輪開会式まで、あと2年というタイミングで、日本スポール界に疑問を投げかけるノンフィクションを読んでみた。2015年7月の新国立競技場建設計画見直しの背景を中心に取材し、その年の11月に発刊したものだ。
きっかけは時事性が強いものの、問題意識は普遍的だ。すなわち著者は、日本のスポーツ界はアマチュア精神を金科玉条とするがゆえに、競技団体も、競技場を建設する自治体も、割に合わない運営や投資を続けている、と指摘。無為に補助金や税金がつぎこまれる構図をえぐり出す。
テーマを掘り下げるための素材は豊富だ。米国に飛び、プロスポーツやスタジアムを運営するためのアイデアや、優れたビジネス感覚を具体的に明らかにする。あるいは関係者にヒヤリングして、アマチュア精神を日本に持ち込んだ明治のお雇い外国人の存在や、軍国主義時代の体力向上政策の歴史を掘り起こしていく。
日本にも工夫がないわけではなく、特にトライアスロンのマーケティング戦略はなかなか興味深い。国家的イベントである五輪を超えて、スポーツはどう成熟していくのだろうか。(2018・7)

July 15, 2018

ゼロからわかる!図解落語入門

落語のネタには、泥棒の噺とケチの噺がよく出てくる。なぜかといえば、泥棒とケチの噺だけは一切苦情が来ないからだ。
「ゼロからわかる!図解落語入門」稲田和浩著(世界文化社)
今更ながら、超初心者向けの落語ガイドを読んでみた。寄席のチケットの買い方、マクラとは、古典とは、など、ごく入り口から始まって、噺に出てくる長屋の配置、噺家が名乗る代表的な亭号の解説まで、本当に親切で行き届いている。
中には日本文化の歴史に関わる薀蓄も。例えば、明治政府が国会を開設した折、速記者が圓朝の噺を速記して練習したことから、落語や講談の速記本ブームが起こり、これが二葉亭四迷ら言文一致に影響したそうです。一貫して、お説教臭くない語り口で読みやすい。著者は1960年生まれの大衆芸能脚本家。
巻末のデータも充実していて、定期的な落語会や噺家一覧は手がかかっている。柔らかいタッチのイラストは小野寺美恵。(2018・7)

May 19, 2018

冷血

わたしは父を愛していましたが、父に抱いた愛や思いが廃水のように心から流れだしてしまうことがしばしばありました。

「冷血」トルーマン・カポーティ著(新潮文庫)
1959年カンザスの農場で起きた一家惨殺事件を、5年余りの膨大な取材をもとに描いた、あまりに有名な「ノンフィクション・ノヴェル」を読む。加害者たちはなぜこの不可解な事件を起こすに至ったのか。
加害者の不幸な生い立ちに対するシンパシーと、労作を世に出したいという職業作家の欲。議論を呼んできた、書き手が抱える矛盾というテーマは、今も古びていない。日本でいえば佐野眞一に通じるだろうか。
事件は恨みや金品目当てでは説明できず、不気味で不可解だ。結論を急がず、膨大な情報を積み重ねて迫っていく書き手の情熱は凄まじい。
地域の名士だった被害者一家の温かさ。地域住民の不安と、捜査当局の苦悩。対照的に、あまりにデタラメな加害者の軌跡。事件の不可解さの割に拍子抜けするほど単純とも思える。どこかで引き返すことはできなかったのか。特に逮捕につながる重要証言で、一度は自由の身になった受刑者がまた、罪を犯すという事実がやりきれない。佐々田雅子による2005年の新訳。(2018・6)

May 12, 2018

安井かずみがいた時代

背伸びは大切なことだけれど、どんなに背伸びしたって安井さんに敵うはずもないんだもの。
「安井かずみがいた時代」島崎今日子著(集英社文庫)
「危険なふたり」「古い日記」「よろしく哀愁」…。1970年代歌謡曲黄金期のヒット作詞家、安井かずみ。その伝説を、彼女を知る26人の証言で綴る。アバンギャルドなクリエーターから、センス抜群のセレブ妻へ、語り手によって違って見える素顔。女性の人物ものでは定評がある著者が、単なる評伝ではなく、「時代が安井に求めたもの」を描きだす。
若かりし頃のプロフィールはあまりにまばゆい。1939年生まれ、フェリス女学院、文化学院卒。フランス語ができて、「キャンティ」に入り浸り、ニューヨークやパリや、プール付きの「川口アパートメント」に住む。若い女性が伸び伸びと、その感性を発揮し始めたころ。加賀まりこ、コシノジュンコ、森瑤子、かまやつひろし…と、交友もなんとも華やかだ。なんと林真理子が、遠くから眩しく見ていたというから凄い。
1977年に8歳年下のトノバンこと加藤和彦と再婚してからは一転、夫婦連れ立って世界のグルメやリゾートを満喫し、ゆとりと豊かさの象徴に。どこか無理をしているような影を抱えつつ、1994年、肺がんにより55歳で死去。献身的に安井を看病した加藤は、早すぎる再々婚、離婚で周囲を驚かせたのち、2009年に自ら死を選んでしまう。
時代の先端を走る、たとえ辛くても、走らずにはいられない才能というものがある。「今となってはすべてがいい思い出。うん、とても素敵な人達でしたよ」。安井をはじめ、多くのアーティストの庇護者であった渡邉美佐の言葉が、胸に響く。
2010年から2012年に「婦人画報」で連載、2013年単行本化にあたり加筆された。(2018・5)

April 29, 2018

小澤征爾さんと、音楽について話をする

僕くらいの歳になってもね、やはり変わるんです。それもね、実際の経験を通して変わっていきます。それがひょっとしたら、指揮者という職業のひとつの特徴かもしれないね。つまり現場で変化を遂げていく。

「小澤征爾さんと、音楽について話をする」小澤征爾、村上春樹著(新潮社)

2011年に話題になり、2012年小林秀雄賞を受けたロングインタビューを、ようやく読む。尊敬しあう才能同士の触れ合うさまが、まず読んでいてとても心地よい。

村上春樹が尋常でないクラシック好きぶりを発揮して、次々にディスクをかけながら、指揮者によって、また時期などによって、どう演奏が変わるのか、楽譜を読んで演奏を組み立てるとはどういうことなのか、を尋ねる。小澤征爾が誠実に、ときにお茶目に答えていく。
私はオペラに時々足を運ぶものの、残念ながらクラシックに全く詳しくない。動画サイトで演者や曲目を聴きながらの読書だったけど、気取りない対話のリズムを十分に楽しめた。

話の脇道で小澤征爾の記憶が呼び覚まされ、巨匠の横顔や若き日の触れ合いを披露する。カラヤン、バーンスタイン、グールド…。そしてちょいちょい混じる恋愛沙汰。偉大なアーティストたちのきらびやかな個性と、音楽に向かう真摯な情熱が、飾らない言葉で生き生きと語られて、楽しい。
シカゴでブルーズ漬けになったこと、先輩指揮者のタクトを勝手に持ち出したこと。芸術を愛し、人を愛し、受け取ったものを若者たちに渡していく。あー、コンサートに行きたいなあ! (2018・4)

April 14, 2018

火山で読み解く古事記の謎

古事記における大きな謎のひとつは、九州南部と出雲の二か所が神話の舞台として繰り返し登場することです。その謎をとく鍵は、九州南部と出雲が日本列島で有数の火山エリアであるというシンプルな事実から見出されるのではないかとおもいます。

「火山で読み解く古事記の謎」蒲池明弘著(文春新書)

古事記の物語は、縄文時代に日本を襲った巨大噴火の恐怖を伝えているのではないか。天皇家の行事には稲作に根付くものが目立つけれど、そもそもは荒ぶる大地をなんとか鎮める役割を担っていたのではないか? 独立系出版社を営む著者が、多数の文献や各地のジオパーク取材などを通じ、そんな仮説を検証していく。
古事記と噴火のつながりについては、小説「死都日本」を読んで、強く印象に残っていた。このため個人的にそれほど意外感はなかったものの、本書では寺田寅彦など豊富な文献を紹介し、カルデラ地形の分布や、製鉄の発祥など文明史にも触れていて、情報に厚みがある。
綴られている解釈に、どの程度妥当性があるのか、判断するほどの知識を持ち合わせていないのだけど、著者は新聞記者出身とあって、安易に断定しない筆致に好感がもてる。ちょっと自信なさそうな印象、とも言えるのだけれど。(2018・4)

March 24, 2018

世界をまどわせた地図

最終的にこの島が存在しないことが確認されたのは2012年11月で、最初の「目撃」から実に136年もの時間が経っていた(グーグルマップの登場から数えても丸7年が経っていた)。

「世界をまどわせた地図」エドワード・ブルック=ヒッチング著(日経ナショナルジオグラフィック社)

ネット書店から届いてみて、重さにびっくり。上質な紙を使い、B5判250ページに、数世紀にわたる美しい地図の図版が、ぎっしり詰め込まれている。それが揃いも揃って、誤解と幻想が生んだデタラメな地形なのだから、面白くないわけがない。

著者はロンドンの古地図愛好家。聞いただけで、いかにも凝り性な印象だ。期待に違わず、博覧強記ぶりがもの凄い。かつて堂々と地図に記されたものの、今は存在しないとわかっている島やら海峡やら山脈やらを、1項目2~4ページのハイスピードでどんどん紹介していく。
しかもABC順なので、年代や場所はランダムだ。実は本物の地形に詳しくない地域が少なくなく、時として解説は物足りないけれど、次々現れる虚偽の地図を眺めるうち、人間の夢見る力と愚かさとに圧倒される。

初めてお目にかかる「幻島」という単語が、頻繁に登場。大航海時代、西欧の船乗りたちが不確かな島かげの情報をもたらし、後続の冒険航海を引き起こしていく。それは利権と名声を求め、次の航海の資金集めを目論んだ、たちの悪いフェイクだったこともある。あるいは何日も何日も大海原をいく辛い旅程のなかで、陸地を見たいという切実な願いがもたらした、蜃気楼だったこともある。
真実が明らかになってしまえば、荒唐無稽としかいいようがない。だが未知の世界を思い描く人の営みは、今も変わらず、テクノロジーや社会を動かしているはずだ。「発見」した土地で先住民をひどい目に遭わせたといった、負の歴史も語られている。古地図から見えてくる物語の、なんと分厚いことか。

慣用句「リヴィングストン博士でいらっしゃいますか?(Dr. Livingstone, I presume?)」の語源など、ドラマチックなネタが満載。労作の訳は関谷冬華、日本語版監修は地理教育が専門の井田仁康筑波大教授。(2018・3)

February 11, 2018

家康、江戸を建てる

これからの世は、土地ではない。貨幣を制するものが、
(天下を制する)

「家康、江戸を建てる」門井慶喜著(祥伝社)

2018年直木賞受賞作家の、2016年に候補作となった秀作。江戸という都市の建設を担ったプロフェッショナルたちを描く。
治水や上水道、江戸城の建設。空白の荒野に人を呼び込み、経済活動をおこしていくプロセスが、スリリングに再現される。現代にも通じる視点が豊富だ。主人公たちは高名な武将のかげにいて、日本史の教科書には出てこない。しかし強烈な誇りと諦めない心をもって、今に残る偉業を成し遂げていく。独特の、ぶつぶつ切れるような文体が心地いい。

特に初代金座当主となった後藤庄三郎光次の1編は、疾走感満載だ。関が原に至る大名たちのリアルな戦さと、経済の主導権を巡る貨幣の戦争とが、見事にシンクロする。
戦国時代の褒賞は土地だったが、天下を統一してしまえばそれは叶わず、貨幣の意味が増す。国を豊かにする経済活動にもまた、良質な貨幣が欠かせない。では誰が貨幣発行の権威と技術を握るのか。

庄三郎は文禄4年(1594年)、今の日本銀行本店がある場所で小判鋳造を開始。やがて天下分け目の勝敗が決した直後、貨幣の勝利を宣言するという歴史的な役割を担うことになる。家康は覇権を手にするため、いったい何をしたのか。卓越した判断を、経済の観点から解き明かす視点が面白い。
栄光の陰で、庄三郎が引き受ける宗家との軋轢がまた、静かに胸に迫る。強烈な自負心と大きな時代の流れによって、宗家を打ちのめす道を選ぶのだけど、胸のうちには葛藤を抱えて生きる。新旧交代という人生のドラマ。巧いなあ。(2018・2)

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