September 09, 2026

名画のクラシック

一五〇年ほど前、同じ絵にひれ伏した作曲家がいる。リヒャルト・ワーグナー。故国のドイツで革命を首謀したために指名手配され、亡命していたスイスのチューリヒからヴェネツィアを訪れ、ティツィアーノの聖母に出会った。彼は後に「あれは聖母じゃない。愛によって浄化されたイゾルデだ」と語っている。

「名画のクラシック 拡大でみる60の音楽物語事典」加藤浩子著(創元社)

クラシックのコンサートを聴いていて、映像が目に浮かぶことはよくある。本書では逆に、60点の西洋絵画から聴こえてくる調べに耳をすまし、「音楽物書き」としてクラシックに関するレクチャー、執筆で活躍する著者が、音楽との関わりを楽しく綴る。1点につき4ページとコンパクトで、その半分を占めるカラーの図版が実に美しい。

名曲にインスピレーションを与える名画がある。ワーグナーはパトロンの妻との禁断の恋が露見、ヴェネツィアへの逃避行で、16世紀ティツィアーノの神々しい祭壇画「聖母被昇天」に魅了された。それが騎士伝説を描いたオペラ「トリスタンとイゾルデ」(1865年)につながったという。19世紀ギュスターヴ・モローの「出現」は、鮮烈にサロメを描いて魔性の女のイメージを決定づけ、オスカー・ワイルドの戯曲、さらには20世紀初頭のリヒャルト・シュトラウスのオペラへと創造が連鎖していく。
陰鬱なベックリン「死の島」(1880年)は印刷技術の発展もあって大ヒットし、多くの歴史上の人物をひきつけた。レーニン、フロイト、ヒットラー。そしてラフマニノフは1909年にオーケストラ作品「死の島」を書く。知らなかったなあ。

絵画が示す音楽のシチュエーションが、ときの社会、時代の空気を如実に映すのも面白い。権力者が居並ぶ宮廷コンサートやオペラ座、18世紀ブルジョアのサロン、庶民が羽目を外すカフェや野外キャバレー… 16世紀半ば、ピーテル・ブリューゲル1世が描いた「農民の踊り」の活気は、いつの時代も変わらないのかもしれないけれど。
著者の知識は実に多岐にわたっていて、描かれた人物の経歴や寓意などは教わらなければわからないもの。まだまだネタは尽きないようだ。巻末に、一部を無料で聴ける音源の案内付き。(2026.9)

August 31, 2026

大相撲打ち明け話

ぼくは自分の顔をかばったんです.貴ノ花の頭をかばったわけじゃないんですよ。あれ、顔でいくと、ズルーッとすりむいて、もう、治るまで一カ月ぐらい銀座に行けなくなっちゃうんですよ(笑)。

「大放談!大相撲打ち明け話」北の富士勝昭、嵐山光三郎著(親講社)

粋で軽妙なテレビ解説で大人気だった第52代横綱・北の富士と、名エッセイで知られる嵐山光三郎の相撲談義。2016年の出版で、ちょうど2025年に引退した遠藤が注目を浴び、スー女が話題になったころ。おふたりの口調も弾んでいる。残念ながら北の富士は2024年、嵐山光三郎は2025年に亡くなっており、仲よさそうなやりとりが、ひときわ感慨深い。
話の中身はテレビ以上に言いたい放題。1972年1月場所、「かばい手」か「つき手」かで歴史的物言いになった取り組みについても、銀座が出てきちゃうあたり、北の富士さんらしくてニマニマしちゃう。相撲界のしきたりから往年の名力士、迷力士のエピソード、現役への期待と叱咤まで縦横無尽。対談場所は神楽坂の居酒屋とビアバーというから、お酒が入っているんだろう。こういう楽しい相撲談義をもっと聞きたかった。(2026.8)

August 16, 2026

「当たり本」目録

閑さえあると本を読んでいる。体調が悪いときでも読んでいる。読んでいるうちに、回復することが多い。私にとって本は気付け薬なのである。

「『当り本』目録」出久根達郎著

希代の読書家が2012年頃の朝日新聞書評を中心に、本に関して綴った文章を集めた。「当り本」 とは著者の造語で、そのものずばり読んで面白い本のこと。いつもながらテンポ良く、流れるような名文で、古今東西の知識が詰まっている。とりわけ今回は、元古書店主にして作家による目利きの妙もいっぱいだ。
なにしろ小説、ノンフィクション、なんでもござれ。ノンフィクションのテーマも司法だの老化だの満蒙開拓団だの新宿ゴールデン街の名物女傑だの、実に幅広く奥深い。この嗅覚、恐るべし。

なかでも出版や作家にまつわる本の紹介には、本に魅せられた者の心があふれる。例えば三島由紀夫や稲垣足穂、阿部謹也らを担当した凄腕編集者、吉村千穎(ちかい)の「終りよりはじまるごとし」。三島「春の雪」の幻の初版の事情などに、ぐっと引き込まれる。
月刊誌「日本古書通信」発行人、八木福太郎の「増補 古本屋の手帖」では、読者が探している本を載せる10円広告欄から古書への情熱を語っていて、胸に響く。八木さんの企画がヒントになって著者の「作家の値段」が生まれたと聞くと、ファンとしてなんだか嬉しい。残念ながら古書通信は、創刊91年での2025年秋に終刊となったそうです。

悩む若者には夏目漱石の書簡集を読むよう勧めるという。人の悩みや悲しみは、100年たってもそうそう変わらない。手紙なら稀代の文豪が直接、読む者に語りかけてくれる。ものわかりがよい叔父さんのようだ。そして生涯最後に読む本は、「サザエさん」文庫版に決めていると綴る。サザエさんも自分も戦後まもなく誕生して、平凡で、だからこそ貴重な日常を生きてきた。次の世代もサザエさんを愛読してほしい、愛読できる平和な世であってほしい、という言葉が染みる。(2026.8)

 

July 28, 2026

福音派

困難な状況のなかで、「再びアメリカを偉大に!」という呼び声は、多くの米国人に希望を与えることができたのだろう。その希望を作り出し、そのレトリックを紡ぎ、その運動を組織するなかで、福音派という宗教政治団体が誕生したのだ。そして彼らの中心にいて、その主役を務めたのが、観客に夢と希望を与えたハリウッド黄金時代の俳優ロナルド・レーガンだったことは、皮肉なのか、神の摂理なのか。

「福音派ーー終末論に引き裂かれるアメリカ社会」加藤喜之著(中公新書)

大国だったはずのアメリカはなぜトランプを選んだのか、これからどこへ向かうのか。今更ながら背景の一端を知るべく、2025年に話題だった新書を手にとった。思想史、宗教学の研究者が、1920年代から現在までの福音派「成り上がり」の足跡を丹念にたどる。通奏低音として流れるのは「トランプ信仰」の異様さ、政治的に中立な宗教がなくなり、公共圏が終末論に彩られることへの強い疑義だ。

研究者らしく膨大な史料を駆使していて迫力がある。多数の宗教者、活動家たちについて、経歴、主張はもちろんメディア戦略や公的資金の確保に至るまでを網羅。福音派が世論と政治を動かすようになった過程を詳らかにする。大きなステップになったのが、レーガンが勝利した1980年大統領選だったという。
時代状況はスキャンダルが招いた政治エリートへの不信、インフレによる経済の沈滞、都市の治安悪化。自分たちの社会を救うには、司法や教育、文化などすべてをもっと「キリスト教的」にしなければならない… 悪状況を見当違いの処方箋で紛らそうとするような、既視感を覚える光景。

ジョージ・W・ブッシュは1984年に回心を語って飲酒癖を浄化し、「神は私が大統領選に出ることを願っている」と2001年に当選、福音派に黄金時代をもたらした。そのブッシュを架け橋として福音派はネオコンと結びつく。思想的な共通点がほとんどないにもかかわらず、中東での権益確保などで利害が一致し、イラク戦争の推進力となっていく。
戦争といえば、トランプ政権の中東政策の変節にも、福音派の支持が影響している。著者は結局のところ、終末論を信奉する福音派はユダヤ人がエルサレムを支配することを望むだけで、中東和平は眼中にないと指摘する。

著者が淡々と紹介していく福音派の言説には、科学の否定とか家族観とか、何故支持されるのか理解しがたい過激なものも少なくない。それでもメディアを進化させて、大衆に浸透してきた。単にテレビ番組をつくるのではなく放送局を経営し、映画や書籍を世に出し、郊外のメガチャーチに2000人を超える信者を動員する。SNS活用も付け焼き刃ではない。
なかでも驚いたのは、南部、南西部に店舗が多い世界最大の小売業ウォルマートが、90年代から福音派関連の書籍やCD、ビデオを扱って売上高を伸ばしたというエピソードだ。当時のキリスト教連合の指導者ラルフ・リード(のちに選挙コンサルとしてブッシュ陣営に参画)はボランティアたちに対し、賛同者を募るなら土曜のウォルマートがいいと勧めたという。

重要なのは善悪二元論にたつ福音派には、対立する相手をサタンとみなす傾向があり、リベラリズムに不可欠な対話や妥協を困難にするという分析だ。公共圏が前提とする公共善の破壊。福音派の数そのものより、二元論にたつ手法の破壊力を見せつけたことこそが、民主主義の脅威だという著者の危機感は重い。(2026.7)

July 05, 2026

相撲の力学

同じ体重でも軽く感じる力士もいれば、体重以上に重く感じられる力士もいます。「重さ」は「力」ですから、大きさと方向性を持っています。重力に抗う動きや肩に力みがあると、地球の中心に向かっている「力」を打ち消し、かつ方向がずれてしまうために軽くなります。

「相撲の力学」松田哲博著(BABジャパン)

著者は琉球大理学部卒業後、若松部屋(現高砂部屋)に入門し、史上初の国立大出身力士・一ノ矢として2007年まで24年間、現役を務めた異色の人物。現在はマネージャーとして部屋の運営にかかわりつつ、カルチャーセンターなどで相撲の稽古をベースにした独自の「シコトレ」を教えており、本書は武道専門誌「月刊秘伝」の連載をまとめた。そんな雑誌があるなんて知らなかったぞ。

相撲中継を見ていると解説者の親方が「腰が重い」とか「懐が深い」とか言うけれど、いまひとつよくわからない。本書では日本相撲協会の資料映像などを駆使して、明治の第19代横綱・常陸山や、不滅の69連勝を誇る昭和の大横綱・双葉山などの名勝負、強さの意味を探る。
重力とか相転移とか、作用反作用といった用語、はてはニュートン、アインシュタインも出てくる。けれどもちろん物理学の分析ではなく、現場の直感を語っていて平易。大横綱は踏ん張る筋力やスピードではなく、ちょうど吊られた丸太のように力を抜いて体重をかけ、足を小刻みに動かして波のように、あるいは回転力で相手を倒す、という表現はわかりやすい。

双葉山人気が高まって観客を収容しきれず、1937年から11日興行が13日制に、翌々年に15日制になったとか、エピソードも満載。本当にお相撲が好きなんだなあ、とにやけちゃう。(2026.7)

June 18, 2026

地域と人口減少の経済学

派手な政策は存在したとしても、特定の地域が独自の資源を生かして成功した例が多く、他の地域が簡単に真似できるようなものではない。

「地域と人口減少の経済学」小峰隆夫著(中公新書)

日本を代表するエコノミストである著者が、ライフワークの人口と地域について、定評のある易しい筆致で論じた。分析と主張はいつも通り。人口1億人目標の政策立案は不可能、一極集中是正は間違い、従ってウェルビーイングを維持するスマート・シュリンクを目指すべし。自治体選挙のたび空疎な少子化対策合戦に触れているだけに、深く頷く。

面白いのは、独自のアイデアで成功し、ほかの自治体から多くの見学者が訪れるような地域施策を「劇場型」と名付け、普遍化できないのでは、と疑問を呈していること。高山市、境港市、海士町… なるほど。
これに対して提唱するのは、地道だけれど経済学の道具を取り入れ、どこでも応用可能な「共有型」の地域政策だ。中身はナッジやフューチャー・デザインの応用で正直、新味は薄い。それでも、人口が減ったら経済が縮むとは限らない、という一貫した論理には、読んでいて希望がもてる。
もちろんスマート・シュリンクは、必要性を理解していても当事者にとっては辛いから、実行が難しい政策だ。著者も官僚出身とあって、そこは重々承知。岡山県美咲町の事例を紹介しつつ、とにかく自由な人の移動を妨げないことこそが重要、と強調している。

多くの著書があるけれども、あとがきによると意外にも中公新書は初だとか。学生時代から読んでいるので嬉しい、と率直に記している。チャーミングな人です。(2026.6)

June 03, 2026

僕には鳥の言葉がわかる

”動物はしゃべらない”という二千年以上にわたる史上最大の誤解を解き、井の中の蛙化した人類を救うため、僕は立ち上がったのだった。

「僕には鳥の言葉がわかる」鈴木俊貴著(小学館)

現場をもつ研究者のエッセイは楽しい。「微生物ハンター深海を行く」とか「バッタを倒しにアフリカへ」とか、好きなテーマに打ち込む喜びと、凡人の想像を超える日々の格闘に引き込まれる。
2025年に話題となった本書はひときわ斬新、爽快だ。なにしろ著者は1983年練馬区生まれの東大准教授で、初めて動物が言葉を話すことを突き止め、動物言語学を開拓して様々な賞を受けている。しかも語り口が軽妙このうえなく、全編、研究対象であるシジュウカラへの愛に満ちている。

過程は地道そのものだ。毎年、半年以上もひとり軽井沢の森にこもり、朝から晩まで巣箱を観察する日々。シジュウカラが危険な森で生き残るため、タカをみれば「ヒヒヒ」、ヘビをみれば「ジャージャー」と鳴くのは、当然タカやヘビという「名詞」だと思っていた。ところがある日、大学図書館の専門書で「言語を持つのは人間だけ」との記述をみつけて、がぜん奮起する。
調べてみるとダーウィンも紀元前のアリストテレスも、動物の鳴き声は意味ある言葉ではなく、快・不快など感情の表現に過ぎないと思い込んでいた。このままでは人類は井の中の蛙だ、僕はカエルが好きなので人類が蛙でも問題ないけれど、井の中なのは大問題、井戸にいてよいのはオタマジャクシまで! そこからシンプルな双眼鏡とレコーダー、なにより独自のアイデアを武器に観察、論証を積み重ねていく。
論文は一流学術誌の審査員が「エレガント!!」と絶賛、こんなに誉められたのは初めてで、それからしばらく「エレガント鈴木」と名乗っていたとか。その後も20以上の単語を組み合わせて文を作っている等々、驚きの成果をあげている。

同じ場所に住んでいるなら、ほかの種類の動物の言葉を認め、生きていくのが動物として自然なこと。シジュウカラが「ヒヒヒ」と鳴けば周りのコガラやヤマガラも、リスまでも薮に逃げる。人類の祖先も鳥の言葉を理解していたのに、いつしか自然を支配する特別な存在だと自認して動物たちの言葉を理解できなくなったのでは…という思索は示唆に富む。
研究すること、研究者であることをめぐるエピソードも愉快だ。博士になったころ、周りからおしゃべり好きな点などがシジュウカラに似ていると言われると嬉しく、年々、よりシジュウカラっぽく変化していると自覚。そこから先輩の話になり、コウモリ研究者のスギタさんは暗闇でパソコンに向かうと落ち着くそうで、その「生態」はコウモリそのものだとか、笑っちゃう。

電子書籍の本文中にリンクを埋め込み、「ツツピー」といったさえずりを聴かせる仕掛けが秀逸だ。紙版は二次元コードで、同様に実際の声を聞ける。著者による本文中の可愛いイラスト、図解も達者。装丁は名久井直子、青を基調にした装画は100%ORANGE。河合隼雄学芸賞など受賞。(2026.6)

May 28, 2026

絢爛のロックショー、クイーン追想録

クイーンがブレイクのきっかけを掴んだ1974年に、時を同じくして人気を呼んでいた少女漫画『ベルサイユのばら』が宝塚歌劇団によって舞台化され、大きな社会現象になった。これは偶然の一致だろうか。

「絢爛のロックショー、クイーン追想録 〜二代目ディレクターの独白〜」松林天平著(シンコーミュージック・エンタテイメント )

世界で最も成功したバンド、クイーン。西荻窪「アナログ天国」でトークショーを聴いた松林天平による追想録を読む。著者は1975年から1982年までワーナー・パイオニアでクイーンを受け持った洋楽ディレクターだ。

まず最もレコードが売れた1970年代、洋楽黄金時代の熱気が楽しい。著者は強烈にクイーン人気を支えた「ロック少女の誕生」を、ヨーロッパ文化への憧れという文脈で読み解いていく。そして天性の「歩くショー・ビズ」、フレディがいかにシャ-リー・バッシーやライザ・ミネリの影響を受けていたか。
音楽的な分析も忘れていない。例えば1979年「クイーン・ライヴ・キラーズ」でいったん頂点を極めたバンドが、大胆にも1980年「ザ・ゲーム」の「地獄へ道連れ」でシンセやディスコサウンドに舵を切り、見事に全米ヒットを記録するうえでのジョン・ディーコンの貢献。来日時にふたりで六本木のディスコを訪れたとき、ジョンがかかっていたボズ・スキャッグス「ロウダウン」のリズムの工夫を指摘するエピソードが印象的だ。

随所に散りばめられた、洋楽ディレクターとしての喜びと苦労は泣ける。ロンドンブーツ姿で受けたアルバイト試験にパスし、あっという間にクイーンを担当。その魅力とケタ違いのパワーに惚れ込む一方で、来日時に広報担当に散々振り回されたり、1978年「ジャズ」のアートワークに疑問を感じたりもする。だからこそ、邦楽プロデューサーに転じてからの1984年、香港のレコード店でスタジアム・ロックの名曲「レディオ・ガ・ガ」を耳にし、すべての音楽ファンの心に刺さるフレーズに「町で偶然旧友に会ったような」感慨を抱くシーンが美しい。「ありがとう、クイーン。わたしはあなたに借りがある。そしてわたしには決して返せそうもない」。音楽っていいなあ。(2026・5)

May 17, 2026

イン・ザ・メガチャーチ

 不思議だ。
 何だか、少し眩しい。
 本質的であることから遠く離れた場所で盛大に咲き誇るその連帯が、今の俺には光って見える。

「イン・ザ・メガチャーチ」朝井リョウ著(日経BP・日本経済新聞出版)

2026年本屋大賞受賞で話題の長編を読んでみた。推し活界隈を題材に、正解のない時代を生きる人々が、懸命に「コミュニティー」「ストーリー」を追い求める心理、危うさを描く。それは普遍的で、しんと淋しく、だからこそ切実だ。

一読して印象的なのは、440ページを引っ張る巧さだ。導入こそ、交代で登場する人物3人の語りがまどろっこしかったものの、視点が徐々に重なっていくとスリリングに。レコード会社勤務で40代の慶彦は経理部署で腐っていたけれど、ボーイズグループのデビューにあたり仕掛け人に抜擢されて張り切る。その娘で留学を目指す大学生・澄香は意識高い系の友人たちについていけず、推し活にのめり込む。30代契約社員の隅川絢子は熱心に推していた2.5次元俳優の死で喪失感にとらわれ、怪しい陰謀論に傾斜していく…

推し活のリアルを描く情報量が、また豊富。サバ番、タグイベ、スパチャ、グッズコンプ、脳みそを溶かす、自他の境界を溶かす、視野狭窄… 米国の大規模教会が献金を引き出す手法が、最新のSNSと結びついたマーケティングは、ちかごろは選挙でも話題のものだ。スターシステム自体は歌舞伎の昔からお馴染みだけれど、なんて巧妙で、進化していることか。
音楽業界の裏とか学生同士の人間関係と合わせ、あまたの情報をかみ砕いて、小説として成立させる腕がなかなか。説明調になりがちなシーンでは、とうとうと語る人物の長広舌と、その場にいて違うことを考えている人物の脳内が交錯する、映像的な手法を駆使し、決して飽きさせない。才人だなあ。

3人それぞれが抱える寄る辺なさ、孤独や劣等感や経済的困窮も丁寧に描いていて、そのあたりはなんとも息苦しい。もともとの新聞連載で1年3カ月にわたって読んでいたら、けっこうヘビーだったのでは。誰にでも共感できるくだりがありそうで、そこが人気の秘密なのかも。
たとえ愚かにみえたとしても、はまるにははまるだけの、個人の思いがある。依存、閉塞、歪みと名付けるのは易しいけれど、高みにいる正しさではなく、はまる自分、はまる充実感を肯定した先に、何かが見えてくるのなら…

著者は1989年生まれで、2013年に平成世代初で直木賞を受賞。よく勉強し、よく考えている作家だなあ。本屋大賞受賞スピーチで「自分が絶対に書かない作品、書けない作品の隣に並べてくれているから、自分の偏りを大事にできる」と言ったとか。往年の村上龍を思わせる賢さ。ちなみに自身はハロプロファンらしい。ネット情報だけど。(2026.5)

May 03, 2026

木挽町のあだ討ち

役者が見得を切った俊寛に、ずらっと並んだ大入りの客が目を見開いて口をあんぐり開くだろう。それがまるで花が咲いたみてえなのさ。それを見たくて俺は芝居小屋なんていう悪所に居座っているんだろうねえ。

「木挽町のあだ討ち」永井紗耶子著(新潮文庫)

2023年直木賞・山本周五郎賞ダブル受賞作をようやく。大衆文化が花開いた文化・文政のころ、ある雪の夜。江戸・木挽町の森田座近くで見目麗しい若衆・菊之助が、鮮やかに父のあだ討ちを成し遂げ、芝居もどきと評判をとった。二年後、菊之助の縁者を名乗る総一郎が、目撃した者たちにあだ討ちの経緯を尋ねて回る。

あだ討ちの謎解きよりむしろ、順に証言する芝居小屋の裏方たちが、身の上を語って魅力的だ。なかでも戯作者で、粋な金治。旗本の次男坊で呑気に放蕩していたが、虚無感にとらわれちゃう。かつて親に言われるまま、あてにしていた婿入りを、ある事情から破談にして退路を絶ち、「楼門五三桐」などの作者・並木五瓶に弟子入り。やさぐれた雰囲気だけど、人情に厚く気っ風が良い。
ほかにも吉原生まれで口が達者な木戸芸者やら、浮浪児で小塚原の隠亡に拾われた女形の衣装方やら。芝居小屋の外見はとびきり華やかだけれど、遊郭と並ぶ悪所として蔑まれている。そこは世間からはみ出た者の哀しい吹きだまり。だからこそ力を合わせ、全力で見物客を楽しませるし、客は存分に刹那の夢にひたれる。菊之助を助ける思いに説得力を与える、この「グレイテスト・ショーマン」のような陰影と、なけなしのプライドは、ショービジネスの神髄と言えるかもしれない。

巻末の特別エッセイはショーアップした時代劇で知られる「劇団☆新感線」座付作家の中島かずき。2005年歌舞伎化、2006年に映画化。(2026/5)

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