マリア・テレジアの画期的な外交戦術を冷静に分析し、自国の利益が新大陸で拡大することのみを目的として、七年戦争に参加したグレートブリテンの、国際情勢と自国の利益との関係を見極める賢明さを記憶に留めたいと思います。
「戦争と外交の世界史」出口治明著(日経ビジネス人文庫)
人類の脳は1万2000年前のドメティケーション、すなわち定住して農業・牧畜・冶金を始めた頃から進化していない。それからずっと人間は誰かが誰かをポカリと殴り、相手は殴り返す、を繰り返してきたし、これからも繰り返すーー。博覧強記の著者が450ページ近くにわたり、古代エジプトから二次大戦まで古今東西の様々な条約、そこに至る同盟と戦争の構図を読み解く。繰り返される愚かさは、今こそ、多くの人が知るべき歴史だ。
例えば18世紀。オーストリア・ハプスブルク家のマリア・テレジアはプロイセンから領土を奪還するため、ルイ15世の愛妾ポンパドゥール夫人を通じて犬猿の仲だったフランスと結び、全ヨーロッパをあっと言わせた。マリー・アントワネットの結婚という華やかさもあいまって外交革命と呼ばれ、さらにロシアの女帝エリザヴェータとも組む。「敵の敵は味方」という普遍の真理がここにある。
しかしエリザヴェータ急死などもあり、思うような成果は上がらず、実は一連の経緯で最も得をしたのはグレート・ブリテンだった。マリア・テレジアを側面支援すると称して、新大陸やインドでフランスと闘い、広大な植民地を手にしちゃう。魑魅魍魎を生き抜く大英帝国のしたたかさ。著者の歴史を見る目はあくまで冷徹だ。
現代のアメリカという国のかたちが、せいぜい19世紀にナポレオンからの買収や対メキシコ戦の勝利でできあがったという史実は、トランプの時代に改めて、心すべきことかもしれない。その後の南北戦争は、軽工業育成のため関税による保護貿易をとりたい北部と、豊かな農産物を輸出したい自由貿易派の南部という経済政策の戦いだった。奴隷解放宣言などは世界に向けて、北部は人道的だと正当性をアピールするマニューバ(作戦行動)の一部と見るべき… このあたり、リアリストたる著者の面目躍如だろう。
そんな著者が評価するのは、情勢を分析して敵味方と渡り合う外交力、そして争いの中にあっても高次元の体制を描く構想力。前者でいえば、例えばアヘン禍と銀流出に直面し、大英帝国に理路整然と抗議した清朝の林則徐。あるいはナポレオンがヨーロッパ中をさんざん荒らし回ったのに、ウィーン会議に乗り込んで「正当主義」の理念を主張、平たく言えばすべてをフランス革命のせいにして領土も失わず賠償金も払わず、国益を守りきった外相タレーラン。
後者では、宋が兄となりキタイが弟となるODA型「澶淵(せんえん)の盟」で300年の平和を築いた宰相・寇準(こうじゅん)。はたまた二次大戦中に国連、IMF世銀を準備したフランクリン・ルーズベルト。余談ながら、こうした外交の英雄たちが、毀誉褒貶あったり、晩年必ずしも幸せに見えなかったり、どうも憧れの存在にみえないのは皮肉であり、だからこそ深い人間ドラマでもある。
よく語られることだけれど、伊藤博文が卓越した外交センスを発揮して日露戦争を停戦に持ち込んだのに、戦力・戦費が底をついた実情やアメリカの貢献をきちんと開示しなかったために、国民に誤った自信や嫌米感情を生んでしまったという記述は、その後、二次大戦までの多大な犠牲を考えれば、苦すぎる教訓だ。国家の岐路にあって、国民の間にいかに大局観を醸成するか、そもそも、国民の賢さとはいったい何なのか。メディアの責任と困難を思わずにいられない。
詰め込まれた数々のエピソードは、文学やオペラの名作に多々、インスピレーションを与えてきたもの。総司令官ヴァレンシュタインに嫉妬するフェルナンド二世を、義経・頼朝関係に例えるなど、散りばめられた教養もお楽しみ。
2018年出版で、2022年の文庫化にあたり「はじめに」でロシアのウクライナ侵攻にも触れている。著者は2021年に脳出血で倒れたものの、不屈の姿勢でリハビリに取り組み、2023年にAPU学長を退任した後も活発に執筆を続けている。時代はますます不穏。明晰かつ明朗な精神で知恵を授けてほしいと願う。(2025・1)