July 11, 2015

スクープを狙え!

 

半藤が他の人とどう違うのか、少し分かった気がした。半藤は、ひたすら前を向いている。上を見たり、横を向いたり、あるいは千穂のように、よそ見をしていない。
 半藤は、気が強いわけでもなければ、キラリと光る何かを秘めているかんじもしない。でも、彼女こそ、記者の中の記者ではないだろうか。

「スクープを狙え! 中央新聞坂巻班」仙川環著(ハルキ文庫)

なんともベタなタイトルだけど、その名の通り、新聞社を舞台にしたお仕事小説。「吠えろ!坂巻記者」の続編となる、文庫書下ろしだ。

とはいえ舞台はいかにも新聞社らしく、難事件を追う社会部とか、権力に迫る政治部とかではなく、傍流の生活情報部。派手なニュースなどハナから期待されていないのんびり部署が、何故かスクープを追うはめになって、入社5年目の女性記者、上原千穂が奮闘する。
前作に続いて能力、キャラともごくごく平凡な千穂が、ワークライフバランスとか人間関係とかに悩みながらも、少しずつ働き甲斐を見出していくさまが微笑ましい。部署同士のつまらない縄張り争いや、上司次第でがらりと変わってしまう人事評価など、どんな会社でも若手が直面するであろう組織の事情もリアルで、説得力がある。

記事の顛末はちょっと調子よすぎるかな、という部分もあるものの、テーマとしている介護ビジネスや教育現場の描写はしっかり。無駄に高圧的な他部の先輩とか、クセのある登場人物も続々登場していて、まだ続けられそうなシリーズでは。(2015・7)

July 10, 2015

物語 タイの歴史

実はタイの歴史を辿っていくと、「世渡り上手」なタイの姿が見えてくる。

「物語 タイの歴史」柿崎一郎著(中公新書)

タイを専門とする地域研究者が、タイ民族2000年の歴史を概観する。揚子江以南の地域から現在のインドシナ半島へと南下して、13世紀にスコータイ朝が成立。有能なら外国人も登用するなどして発展をとげ、18世紀に興ったラッタナコーシン朝が現在まで続いている。

半島の中央に位置しているだけに、周囲のベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマーとのせめぎ合いを生き抜いてきた。19世紀から20世紀の帝国主義の時代には、西を制したイギリス、東から攻めるフランスの緩衝地帯となって、バランス外交を展開したという。著者が世渡り上手と呼ぶゆえんである。

2次大戦時の日本との距離のとり方も、結果としては絶妙なものだったわけで、興味深い。 戦後は、東南アジアをリードする順調な経済発展を実現する。
もっともその一方で、クーデターを繰り返し、今も軍政下にあるという政治文化の背景は、理解しづらい。もう少し勉強が必要だなあ。(2015・7)

May 29, 2015

僕と演劇と夢の遊眠社

このときの教訓は、大勢の中でも自分の立場を見失ってはいけないということ。それぞれの人がたとえ良い人ではあっても、それぞれの事情があって動いている。そのそれぞれの事情に引っ張られていては、本当は自分が何をしたかったかも忘れてしまう。自分がよって立つ集団との有機的な関係を保ち続けること。失敗しても立ち直りを早くして関係回復に努めること。

「僕と演劇と夢の遊眠社」高萩宏著(日本経済新聞出版社)

ひとりの天才・野田秀樹を擁して80年代、小劇場演劇を社会現象にまでしたプロデューサーが、その軌跡を振り返る。

語っているのは主に1979年、洋書の営業マンをしていた高萩が出戻りの形で劇団の制作を引き受けてから、退団する89年まで。その間に、知る人ぞ知る存在だった学生アマチュア出身の集団は、国家的イベントのつくば科学万博に参加し、代々木第一体育館で1日に2万人以上を動員する伝説のイベントをうち、さらに海外へと飛躍していく。
この経緯は演劇史そのものであると同時に、バブル景気の数少ないプラスの側面だ。社会がゆとりを得たことで、若者文化に目を向け、そこに企業が競ってカネを出した時代。浮かれや歪みもあっただろうが、もしかしたら元禄から続くジャパンクールの、ひとつの発露なのかもしれない。

この本は、もう一つの側面を持つ。それは次々と危機に直面しながら、必死で仕事の技法を切り開いた、ひとりの職業人の体験談だ。
夢の遊眠社関連では、北村明子の「だから演劇は面白い!」も面白かった。こちらは俳優たちをマネジメントし、引っ張っていく信念を感じさせたのに対し、高萩の場合はすべてが手探りで、迷いも多い。チケットがさばけない、大黒柱の野田が事故に遭う、演出や収支が思い通りにならない、さらには劇団内部の隙間風…。
読んでいるほうが胃が痛くなるような状況の連続なのだが、だからこそ、一つひとつの窮地を乗り越えるごとに、著者が吐露する自分の役割に向き合う気構えが、胸に響く。もちろん劇団という特殊な才能集団でのケースだけれど、どんな仕事にも通じるところがある。
高揚だけでないものも共有したであろう野田と高萩が、20年を経て、同じ東京芸術劇場に関わり、そこで「小指の思い出」や「半神」を上演したりするという成り行きが感慨深い。2007年から2008年の雑誌連載を加筆改稿。(2015・5)

April 26, 2015

酔ひもせず

『驚くことはない。俺の画は、動くんだ』
あの人は、そう言った。冗談とも、本気ともとれない物言いで。

「酔ひもせず  其角と一蝶」田牧大和著(光文社)

宝井其角と多賀朝湖(のちの英一蝶)という芸術家同士の友情を軸にした、元禄ミステリー。吉原で屏風に描かれた仔犬が動く、という噂が広がり、動くのを観た遊女たちが次々姿を消す事件が起きて、2人が解決に乗り出す。
遊女の悲恋をめぐる謎解きと並行して、朝湖が狩野派風町絵師として活躍するかたわら、何故か幇間として働いているわけや、のちに一蝶と名乗るようになった背景を解き明かす。

著者にはやはり歴史上の人物が生き生きと活躍する快作がある。遠山景元(金四郎)、水野忠邦、鳥居耀蔵が登場する「三悪人」だ。今回も期待を裏切らず、主人公たちの造形が魅力的。
朝湖が、まず格好いい。飄々とした風流人でいて、胸に反骨精神を秘め、相手が武士でも全く物おじしないのだ。其角と朝湖のコンビ談は、講談「浅妻船」で聴いたことがある。その講談の設定では、真偽は不明ながら、朝湖は時の権力者・綱吉を痛烈に風刺したため、流罪の憂き目に遭っちゃう。そんなイメージに、本作の朝湖もしっくりくる。
そして年下の親友、其角。心持の不安定な感じが、いかにも芸術家らしくて繊細だ。蕉門第一の門弟と謳われながら、周囲に馴染めず、毒舌を吐いてはしょっちゅう後悔している。こちらは忠臣蔵ものの講談「大高源吾」にも登場する人気キャラだけど、未熟な感じが、いい。

2人は才能を認めあい、幇間の相棒として吉原に出入りしたり、酒を酌み交わしたりする仲だ。互いが胸に秘めている面倒くさい屈託も十分に察しているが、親しいからといって土足で踏み込むような真似はせず、微妙な距離を保っている。このわきまえた付き合い方も、時代物の男って感じで心地いいんだなあ。(2015・4)

April 12, 2015

甘いもんでもおひとつ

「子供の頃隠れて食べたおとっつあんの柏餅の懐かしい味がしました」

「甘いもんでもおひとつ  藍千堂菓子噺」田牧大和著(文藝春秋)

売れっ子時代小説家による上菓子屋を舞台にした連作。主人公の兄弟、情熱と独特の閃きを持つ職人の晴太郎、ビジネスセンスに優れるしっかり者の幸次郎が爽やかだ。

何故か叔父に実家の菓子司を追われてしまったものの、神田相生町の小さな店で再起。工夫と努力を重ねて、徐々に評判を獲得していく。健気な2人を、実直な職人や可愛い従妹のお糸、砂糖などを卸してくれる薬種問屋の顔役、同心らが、陰に日向に応援する。

叔父との因縁の謎解きや恋のもつれをベースにしつつ、1話ごとに登場する和菓子の薀蓄が楽しい。例えば柏餅に使う葉は貴重品で、シーズンになると八王子に専門の市がたっていたという。買い付けのため晴太郎は、まる1日かけて神田から八王子まで旅をする。そうしてたどり着いた市の、なんと賑やかなこと。

江戸の豊かな食文化の一端を知ると共に、桜や柿など和菓子から伝わる季節感と美しさが、読む者の心を浮き立たせる。1話ごとの扉絵が雰囲気をよく伝ええる。それもそのはず、谷中の老舗、菊寿堂いせ辰の千代紙を使うという懲りようだ。カバーには金鍔など和菓子の写真をあしらっており、日本橋、榮太樓総本舗のものだそうです。(2015・4)

April 05, 2015

肥満 梟雄 安禄山の生涯

「この面ではたとえ軍人になろうと、ある地位から上に昇ることは出来ません。失礼ながらこの悲しみ、漢族であるあなた様にはおわかりにならぬ事と思われます」
「禄山、世の中は動いている」

「肥満 梟雄 安禄山の生涯」東郷隆著(HI

8世紀半ば、大帝国・唐衰退の引き金を引いた逆臣の生涯。博識で知られるという作家による、豊富な史料を駆使した400ページの歴史巨編だ。

時代を全速力で駆け抜けるような、安禄山の強烈な人物像がなんとも魅力的。ウズベキスタンの古都サマルカンド出身で、父はイラン系のソグド人、母はトルコ語族・突厥(チュルク、モンゴルの一部)の巫女だった。高い鼻と青い目をもち、6カ国語を操って、若いころはしたたかな商人としてシルクロードで活躍し、富を築く。
軍人に転じてからは、古代ペルシャを起源とするゾロアスター教徒の諜報網と財力を駆使して、3カ所の節度使(辺境駐在の将軍)を兼任するまでにのし上がる。
戦闘で何度も手ひどく敗退するのだけれど、200キロの巨漢という突飛な外見と、持ち前の愛嬌で巧みに権力者の心をとらえ、けた外れの賄賂も加わって、皇帝・玄宗とその寵妃・楊貴妃に取り入ったのだ。蛮族とみくだされても、陰謀を巡らす漢族のエリート官僚たちと張り合っていくプロセスが痛快だ。

日本でいえば奈良時代の話。旧満州からチベット、中央アジアにわたるユーラシア大陸の民族、宗教の多様性と、苛烈な軋轢の連鎖がなんとも重い。大国の歴史のスケールを実感。と同時に、宮廷の権力闘争も含めて、人の本性はいつの時代もどんな土地でも、変わらず愚かだなあ、そんな蓄積があるからこそ、国際政治でのしたたかさが磨かれるのかなあ、と思えてくる。
安禄山は糖尿病がたたって失明し、猜疑心と残虐性にとらわれて蜂起。
恩人である玄宗と楊貴妃を死に追いやってしまうが、自身もあっけない最期を迎える。死後、あまりに巨体で部屋から運び出せず、そのまま宮廷の床下に埋めたというから、とことん凄まじい。
叛徒とあって正規の史書では長く、悪人と決めつけられていたけれど、范陽では愛され続けたのだとか。すべてに過剰、極端なファクトがぎっしり詰め込まれている一方で、筆致は意外に淡々としていてテンポがいい。(2015・4)


March 26, 2015

本と暮らせば

読書人は、年を取らない。

「本と暮らせば」出久根達郎著(草思社)

大好きな名手のエッセイ集を読む。「日本古書通信」初出が主体で、本にまつわるテーマが多く、著者がさりげなく紹介する知識が楽しい。明治大正の出版社の重版数戦略、昭和初期にパリの日本人が通った「堀部安兵衛」の謎、日本のエイプリルフール事始め…。

内田百閒が昭和4年法政大学にできた航空部の初代会長を務め、この部の学生が羽田の公式の使いはじめとして訪欧飛行を敢行したとか、びっくりの話題が満載だ。アンソロジーを編むための調べもののこぼれ話とか、小説などの解説として執筆した文章もある。そしてさらさらと読むうちに、本というメディアの豊かさ、読書の楽しみを思う。(2015・3)

March 20, 2015

2045年問題-コンピュータが人類を超える日

カーツワイルの予言では技術的特異点は2045年だといいます。これからほぼ30年先の未来です。現在、私たちが当たり前のように使っているインターネットやスマートフォンなどにしても、30年前に予測できた人がいたでしょうか。30年たてば、予測もつかないことが現実になります。

「2045年問題 コンピュータが人類を超える日」松田卓也著(廣済堂新書)

コンピューターの能力が人類全体をはるかにしのぎ、未来像が非連続に変化してしまう「技術的特異点」。宇宙物理学者が綴るSFチックな未来像を、電子書籍で。

膨大なデータを分析して思いもつかない結果を導き出すなど、ITの進化はどんどん加速している。技術に人間が振り回され、セキュリティーが危機に瀕し、知的労働の雇用が奪われるといったミゼラブルな予測が大流行だ。だが著者はむしろ、積極的に脳とコンピューターを接続した、いわば「拡張人類」の出現を前向きにとらえる。
どちらがより実現しそうなのか、にわかに判断はつかない。ただいずれにしろ、未来は現在の社会の仕組みの延長線上にはなさそうだ。(2015・3)

March 13, 2015

短編集 半分コ

戦争の時代ってのは、花を愛でるような人間が目ざわりなんだよ

「短編集 半分コ」出久根達郎著(三月書房)

文庫サイズで函入り、1961年から続いているという個性的な「小型愛蔵本シリーズ」の一冊。手のひらに収まるサイズと、著者自ら筆をとったパンダの装画がなんとも可愛らしい。

収録作品はみな温かく、同時にどこか苦みを含んでいる。例えば「空襲花」。大学の写真部仲間の男女が、水やりのバイトで深川へ赴く。なんてことない2階建て民家だが、ベランダから屋根にかけて見事な朝顔が生い茂っていた。ちょっと理屈っぽい口論をしていた2人は、可憐な花園から、歴史のうねりに直面した家主の秘めた反骨を知る…。

名もない庶民の暮らしの厳しさや、誰もがいつかは味わう老いの寂しさ。そんな苦みがあるからこそ、しみじみとした余韻を残すのだろう。雑誌や電子文芸誌に掲載された16編を収録。芸術選奨受賞作。(2015・3)

February 19, 2015

フラニーとズーイ

「そうだよ。僕は潰瘍持ちだ。実に。今はカリユガなんだ。鉄器時代なんだ。十六歳以上で潰瘍持ちじゃないやつなんて全員スパイだ」

「フラニーとズーイ」J.D.サリンジャー著(新潮文庫)

華やかで都会的な若者の憂鬱を、長大な会話で描き、1961年に単行本となったサリンジャーの青春小説を、2014年の村上春樹による文庫向け新訳で読む。

グラス家7人兄弟の末娘フラニーは、周囲がどうしようもなく俗物でくだらなく思えて、ある日ついに、名門大学に通う恋人とのデートを台無しにしてしまう。自宅でふさぎ込む妹を、俳優の兄ズーイが才気あふれる言葉を尽くして救い出す。
若者たちが吐露する悩みは、なんだか贅沢にも思える。両親は芸能人で、兄弟は幼いころ順にラジオ番組に出演し、軽妙なやりとりで神童ともてはやされていた。今は大都会ニューヨークに暮らし、見た目も美しく知的だ。深い思索、宗教への言及は正直、ぴんとこないところもあるほど。
それでも300ページ弱の薄い文庫に、普遍的な青春の感覚が、ぎっしり詰まっていることは間違いない。社会にうまく溶け込めない焦り、持て余すほどのエゴとプライド、大切に思う人への繊細な気遣い。雑然とした室内の長い描写と、無造作に置かれた細い葉巻など、ディテールの描写が映画的で美しい。

著者が「まえがき」「あとがき」を禁じていたため、「投げ込み」形式で、訳者の特別エッセイが付いているのが、ちょっとお洒落だ。(2015・2)

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