石岡タロー

茨城の石岡駅に、17年間通ったタローの実話を、ディープな上映会で。会場はなんと「あしたのジョー」ゆかり、江戸時代なら小塚原刑場近くの、南千住から10分弱にポツンとある泪橋ホールで、店主は写真家の多田裕美子さん。映画喫茶というけれど、昭和レトロの小さな食堂で、店内自体がまるで映画です。地元のおじちゃん、おばちゃん+イヌ好きがぎっしり。1500円+ワンドリンク制で、ハイボールに茸グラタンをつつきつつ、隣の母娘連れとおしゃべりして上映を待つ。名物餃子やキーマカレーも美味しそう。

映画は昭和30年代から50年代にかけて、はぐれた飼い主恭子(寺田藍月、渡辺美奈代!)を待ち続けたタロー(チャッピー、チャピ、ダイ)の一途な思いと、愛くるしい幼稚園児の恭子ちゃん、保護した小学校用務員(菊池均也)、校長(山口良一)らの愛情をじっくり描く。ゆったりテンポで時にベタすぎるけれど、それが嫌みでない誠実さ。
タローとともに成長していく駅員(泊太貴)はじめ、教師や町の人々の素人っぽさが微笑ましく、じんわり温かい気持ちになる。時は平成に移り、40年の時を超えた思いに涙~
霞ヶ浦近くの郊外農村風景、昭和の商店街を、鉄道車両やヴィンテージカー、看板などで丁寧に再現していて説得力がある。電器屋のお母さん、松木里菜は美し過ぎだけど! 実は石岡に親戚がいて、子供の頃から通っているのに銅像のこととか、初めて知りました。はは。

長編初という監督・脚本の石坂アツシさん、そしてメーンキャストのチャピが来てくれて大盛り上がり。チャピはタローと同じ保護犬だったけど、撮影を通じて心を開き、里親も決まったとか、制作エピソードにも感動。プログラム880円に監督のサイン、頂きました! ドッグトレーナー西岡裕記、撮影・荒井康次、温かい音楽は小松重次。

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アメリカンフィクション

評判をきいてアカデミー賞脚色賞受賞作を録画で。「不適切にもほどがある!」じゃないけれど、政治的正しさに対する風刺が満載の、ちょっと知的なコメディで面白い! どこまでがフィクションかわからなくなる幻惑的な、でもけっこう爽やかなラストも凝っている。コード・ジェファーソンはドラマ版「ウォッチメン」などの脚本家で長編初監督だし、オライオン配給だったけど日本では劇場公開無しで、アマゾンプライムの独占配信だし、と、いろいろ話題です。

主人公の純文学作家セロニアス・「モンク」・エリソン(ジェフリー・ライト)はインテリ中年男。高踏的な自作は鳴かず飛ばずなのに、白人がイメージする黒人の「リアル」(貧困と犯罪)を描いた小説はヒットして、いたくプライドが傷つく。病院で執拗に金属探知機をあてられるとか、差別は相変らずなのに、副業の大学で南部文学を語るのにNワードを使っただけで責められる。
モンクが頭にきて、偽名でベタな黒人小説「My Pafology」(Pathologyの黒人風言い回し)を出版社に送りつけたら、なんと大ウケ。タイトルをFワードにしろと無理難題をふっかけるけど、ますます受けて、映画化のオファーまで…というドタバタ。想定外の好反応に、いちいちがっくりくるモンクがチャーミングだ。
あげくモンクが審査員に起用された文学賞で、Fワードの小説が受賞しちゃって、著者としてスピーチをするハメに。表面的な評価しかできない文学界の裏、エンタメを差別の免罪符にしている世間の欺瞞を、存分にからかってます。
さりげなく壁にゴードン・パークスの写真「DollTest」(1940年代のクラーク夫妻の心理テスト)が掛かっていたり、偽名は「キレる黒人犯罪者」の代名詞スタッガー・リーのもじりだったり。敬語を使い、ランチで思わず上品な白ワインを注文すると「黒人らしくない」と驚かれるとか、小ネタ満載(たぶんわからないネタもあるんだろうなあ)で笑える。笑いながら、自分も世間のひとりだなあ、とちょっと反省。

原作はパーシヴァル・エヴェレットの2001年の小説「イレイジャー」。ラストのメタ構造などは映画オリジナルだそうで、原作の悲惨な要素を抑え、ヌルくなっているという批判もあるらしい。でも隣の弁護士コラライン(エリカ・アレクサンダー)との不器用な恋、老母の介護やゲイの兄弟(スターリング・K・ブラウン)との葛藤、妹リサの遺書のシーンなどなど、ドラマ要素が素直に染みて、巧いと思うな。
モンクがFワード小説を書く過程も面白い。書いているシーンがリアルに立ち現れ、登場人物が作家に「この話に意味があるか?」と問いかける。たとえ悪ふざけで書いたとしても、なにかしら作家の心情が投影される、創作の深淵。

ちなみに映画化を持ち込む胡散臭いプロデューサーの「『オスカー狙いの』というセリフがあり、そういう作品のオスカー受賞は初」という説もあるそうで、「社会派ジョーダン・ピールなどエレベイテッドへのあてこすりは映画ならではのエッジ」(宇多丸)とも。モンクだけにジャズのサウンドトラック(ローラ・カープマン)もお洒落。

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オッペンハイマー

作品賞はじめ、アカデミー賞を席捲したクリストファー・ノーラン監督作。社会状況というより、原爆の父の内面をぐいぐい掘り下げていく。
全編を通じて不穏な「音」が怖い。特に戦勝祝賀会での、賞賛の足踏みの響きがオッペンハイマー(キリアン・マーフィーが熱演)の心をさいなみ始めるあたり、映画ならではの表現だ。
被爆国日本の運命、いまも続く軍拡競争(連鎖反応=チェーンリアクションがキーワード)を思えば、3時間、胸がざわつきっぱなしで、強烈だけど、決して気持ちの良い映画体験ではない。ユニバーサルの配給権を持つ東宝東和ではなく、ビターズ・エンド配給といういわく付きでもある。シネコンで。

ストーリーはロスアラモス初代所長として原爆開発に突き進む経緯と、1954年に赤狩りの嵐で研究生命を絶たれちゃうオッペンハイマー事件を行き来する(カラーがオッペンハイマー視点、モノクロがストローズ視点)。練り上げられた複雑な構成で、3時間、緊張が続いて効果的だ。
主題であるオッペンハイマーの造形は、根っこでは政治や軍に距離をおきたいピュアさを持つ。一方で、不倫の泥沼、尊大な態度など、他者につけこまれがちな弱さ、醜さも盛りだくさんで、その描写は容赦ない。特に若き日の英ケンブリッジ大での林檎のエピソード、独グッティンゲン大に転じてからの天才ハイゼンベルクとの遭遇は、原点としてのコンプレックスや焦りを印象づける。原爆開発の大国家プロジェクトを率いたとき、ユダヤ人だけにナチスを止める使命感があったのは確か。でも、それだけではなかったのではないか。
ロスアラモス建設の壮大さ(制作費1億ドル!)、人類初の核実験トリニティのシーンには高揚感があるものの、戦後、オッペンハイマーが水爆開発に反対してからは、トルーマン(ゲイリー・オールドマン)に「泣き虫」とばっさり切り捨てられ、野心満々の原子力委員長ストローズ(アイアンマン!のロバート・ダウニーJr)にぐいぐい追い詰められてと、観ていて息苦し過ぎ。

この息苦しさの本質は、オッペンハイマーのダメダメな造形や陰湿な人間関係ではなく、やはり人類史を変えてしまう学問というものの宿命なのだろう。繰り返される破滅の可能性は「ゼロではない」。でも誰かが知ってしまったら、もうなかったことにはできない。
オッペンハイマーは晩年、フェルミ賞を受賞するんだけど、その物理学者フェルミはフェルミパラドクス(宇宙人はなぜ人類に接触しないのか)を唱え、宇宙スケールで知性というものを考察していた。人類に、知を制御する知恵はないのか? 量子物理学を受け入れず、時代遅れともくされた偉人アインシュタイン(トム・コンティが飄々と、「神はサイコロを振らない」ですね)がその苦悩、悔恨を理解し、オッペンハイマーと共有していた、という仕掛けだけが救い。あの重要シーンが、ちょっとひんやりした屋外なのは、好みだな~

ちなみに女性たちの造形も華どころか、とにかく暗くて、妻キティのエミリー・ブラントは、アル中になったりして存在感たっぷり。不倫相手ジーンのフローレンス・ピューにいたっては圧力が強烈。将校グローブスのマット・デイモン(おっちゃんになったな)、恩師ニールス・ボーアのケネス・ブラナーだけはどんな映画でも、いいもんなのがお約束。あと、商務長官就任の公聴会で、ストローズの陰謀をばらしちゃうフェルミの助手・ヒル博士のラミ・マレック(あのフレディですね)も痛快だった。最後に一度も登場しないケネディが美味しいところをもっていくのは、ハリウッドらしいなあ。

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カラーパープル

ゴスペル仲間で話題の新作を鑑賞。1900年代前半の南部ジョージア州に生きた黒人女性を描いていて、もちろんストーリーはひどい差別、苦難の連続だ。でも、むしろ女優たちの肉感的な生命力、野太さが前面に出て、圧倒される。シネコンで。

監督は新鋭ブリッツ・バザウーレ。主人公セリー(ブロードウェイ版でも同役を演じたファンテイジア・バリーノ)は父に虐待され、10代で結婚させられたミスター(コールマン・ドミンゴ)にも奴隷のような扱いを受ける。唯一の支えだった妹ネティ(リトルマーメイトのハリー・ベイリーが可愛い)とも引き離され、なんとも悲惨。
でも反骨精神の塊であるソフィア(舞台版にも出たダニエル・ブルックス)が、セリーの諦念を揺るがしていく。お調子者の義息ハーポ(コーリー・ホーキンズ)と結婚、夫にも偉い白人にも向かっていく気骨が凄くて、刑務所にも入っちゃう。さらに、はすっぱでミスターの愛人だったんだけど、夢をかなえたキラキラのブルース歌手シュグ(ベテランのタラジ・P・ヘンソン)にひかれ、勇気とガッツに目覚めていく…
ほかに、ハーポの恋人になる歌手スクイークにグラミー賞歌手のH.E.R.、シュグの夫のピアニスト・グレイディには、ちらっとジョン・バティステ!

曲とダンスがご機嫌で、音楽は「グリーンブック」「リスペクト」などのクリス・パワーズ、振付は「ドリームガールズ」などのファティマ・ロビンソン。
日曜礼拝のゴスペル「Mysuterious ways」はタメラ・マンがリード。ソフィアの怒りを重々しく繰り返す「Hell,No!」、ハーポが沼地に家を建てるシーンの「Workin」はダンスが豪快。ビックバンドにのせ、町の人々がシュグの凱旋を噂する「Shugu avery」、そのシュグが酒場で盛り上がる際どい「Push Da Button」や、ラグタイム風にセリーを勇気づける「Miss Celoes Blues(Sister)」。やがて洋品店で成功したセリーが歌い上げる「Im Here」、ラストで大人になったネティ役のシアラも歌うバラード「The Color Purple」が感動的だ。私のイチオシはクインシーとアンドレ・クラウチによる、奔放なシュグが牧師の父と和解するデュエット「Maybe God is Tryin to Tell You Somethin」!

巨木など南部の風景は、重いけれど美しい。夢のような映画の世界に飛び込むシーンなどには爆発力がある。

作品自体に歴史があって、原作は1983年ピリッツアー賞を受けたフェミニスト、アリス・ウォーカーのノンフィクション。1985年の映画版を監督したスティーヴン・スピルバーグやソフィア役だった司会者オプラ・ウィンフリー、音楽を担当したクインシー・ジョーンズが、本作では製作に回っている。なんと前作で主演し、映画デビューを飾ったウーピー・ゴールドバーグも、助産師役でちらりと登場。その後、2005年にブロードウェイでミュージカル化。今回はその映画版リメイクだ。ストーリーも音楽も、ブラックカルチャーの思いが詰まっている感じ。

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PERFECT DAYS

「ベルリン・天使の詩」のヴィム・ヴェンダースが監督、知人がエキストラで参加したと聞いて、劇場に足を運んだ。役所広司が東京の片隅に生きる、無口で丁寧なトイレ清掃員を好演。晴れでも雨でも、毎朝空を見上げて微笑む。孤独でワンパターンで清々しい日々を、お説教臭くなく描いて、心に染みる名作だ。1300円。
ワゴン車で聴く中古カセットはルー・リード、ザ・キンクス、ニーナ・シモン! ランチに神社の隅のベンチでサンドイッチを食べつつ、フィルムカメラで木漏れ日を録る。後悔も怒りもある。それでも自ら選びとった幸せのかたち。
脇がまた贅沢だ。気のいい同僚に柄本時生、入れ込んでいる相手に個性派アオイヤマダ、踊るホームレスに田中泯、家出してくる姪にみずみずしい中野有紗、週末に通うバーのママに石川さゆり、その元夫に三浦友和。ほかにも中古レコード屋店員が松居大悟、カメラ店主人が柴田元幸、ひとこと書評が渋い古本屋店主が犬山イヌコ、「朝日のあたる家」を伴奏するバー常連があがた森魚…
制作のきっかけは、渋谷区17か所の公共トイレを刷新する「THE TOKYO TOILET」を主導した柳井康治ファーストリテイリング取締役と電通の高崎卓馬が、ヴェンダースに短編PR動画を依頼したこととか。主人公の名「平山」をはじめ小津安二郎へのオマージュがにじむ。製作は Master Mind、スプーン、ヴェンダース・イメージズ。カンヌでは役所が日本人俳優として19年ぶり2人目の男優賞を受賞。

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怪物

カンヌで脚本賞を獲った話題作を劇場で。不穏な空気のなか、3つの視点から徐々に明らかになっていく驚きの真相。いったい誰が被害者で、誰が加害者なのか。「大豆田とわ子」などの坂元裕二による、秀逸な脚本に引き込まれます。
そしてたどり着く、切な過ぎるラストシーン。あの線路は、どこへ向かうのだろう。公開前に亡くなった坂本龍一のピアノが、こんなにも染みるとは。監督は「万引き家族」などの手練れ、是枝裕和。川村元気らの企画・プロデュースで。

舞台は諏訪湖畔の小学校。シングルマザー早織(安藤サクラ)は息子・湊(黒川想矢)の異変から、学校に教師・保利(永山瑛太)の虐待を訴え、校長(田中裕子)らの誠意ない対応に憤りを募らせていく。一方、身に覚えのない保利は、むしろ湊の依里(柊木陽太)へのいじめを疑っていたが、早織も校長らも信じてくれず、追い込まれてしまう。
そして湊の視点に転じると、すべてが違って見えてくる。冒頭の火事や、衝撃的な自動車事故にどんな切迫が隠されていたか。少年の孤独と自己嫌悪、廃線跡の秘密基地のわくわく、淡い恋。ある朝、保利と早織はようやく自分たちの「正義」の見当違いに気づき、暴風雨をついて、ふたりの行方を追うが…

なんといっても柊木の存在感が凄い。撮影時、設定(小5)通りの10才ぐらいなんだけど、もって生まれた妖しさ、これ、同級生にいじられちゃうのもわかります。そして瑛太の、観る者をいらいらさせる造形が見事だ。一生懸命なんだけど不器用で、うまく立ち回れずに歯車を狂わせていく。こういう人、いるよなあ。
ワキも高水準で、ずっと無表情でいる田中が垣間見せる、絶望の深さたるや。サックスの伏線が効いています。ほかに保利のドライな恋人に高畑充希、依里の問題のある父に中村獅童。

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BLUE GIANT

評判を聞き、石塚真一作・人気漫画のアニメ化を劇場で。ジャズの知識は皆無なんだけど、上原ひろみの音楽とピアノはさすが本物の疾走感。ほかにサックスはバークリー出身・馬場智章、ドラムはKing Gnuの前身に在籍したという石若駿。
盛り上がる演奏シーンは先に音を録って、後から絵をつけたとか。サックス奏者の息切れとか面白いけど、新海誠を観ちゃっているせいか、動きがちゃちいのは否めない。監督 は「名探偵コナン」などの立川譲、脚本は担当編集者の別名だというNUMBER 8。そもそも漫画で『ジャズを聴く」ってどんな感じなのかなあ。

知人が全編泣きっぱなしだったというストーリーは、仙台の高校生・宮本大がジャズサックス奏者を目指す成長譚。上京し、メンバーと出会ってバンド結成、最高峰ライブハウス「So Blue」への出演を果たす。クライマックス、入院中だったピアノ沢辺雪祈も加わってのアンコールは映画版オリジナルだとか。そのへんはベタなんだけど、ほかにこみいったエピソードが無く、ただまっすぐ理想を追いかける大の造形が、確かに魅力的だ。
声のキャストが贅沢で、大は山田裕貴、生意気な天才・雪祈は間宮祥太郎、人の良い努力家・ドラムの玉田俊二が岡山天音。

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