ドライブ・マイ・カー

「スパイの妻」脚本の浜口竜介が監督し、カンヌ脚本賞のほか、アカデミー4部門ノミネートで国際長編映画賞をとった話題作。いかにも村上春樹っぽいエピソードのつらなりで、孤独な現代人たちに、「大事な人には、思いを口にした方がいいよ」としみじみ語りかける。録画で。

物語としては、舞台演出家の家福(西島秀俊が理性的すぎる男を淡々と)が地方都市の演劇祭で多言語劇を演出する過程で、2年前に死んだ妻・音(霧島れいかが色っぽく)が抱えていた深い闇や、自らの悔恨に向き合っていく。淡々とした3時間だけど、妻の浮気相手だった俳優で、暴力沙汰を起こしちゃう高槻耕史(岡田将生が危うく)、送迎を担当する腕の良いドライバーで、虐待の過去を持つ渡利みさき(ただ者じゃない感じの三浦透子)に存在感があって、退屈はしない。

家福がみさきを信頼するのは、大切にしている赤の「サーブ900ターボ」を滑らかに運転するから、妻は運転が下手だったけど、という設定が、感覚的で面白い。
また、上演する「ワーニャ伯父さん」が戯曲としていかに大きな存在か、が興味深かった。なにしろ着地点がそのラストシーン「仕方がないわ、生きていかなければ!」だし、「チェーホフの戯曲は自分を差し出すことを要求する」といった言及も。そうかあ。
上演方法はなんだか不思議。最初ひたすら戯曲を棒読みするし、俳優がばらばらの母国語でしゃべって、手話まであるし。確かにコミュニケーションというテーマに直結するんだけど。公園での立ち稽古で、台湾出身の可愛いソニア・ユアン、韓国手話を使うパク・ユリムに「何かが起きる」シーンが巧い。

ラストシーンの解釈はいろいろあるらしく、ちょっと消化不良… ま、明るいからいいか。

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ベルファスト

状況に翻弄された庶民の思いを、切なく描く名作。シェイクスピア俳優ケネス・ブラナーが自らの少年時代をベースに監督し、アカデミー脚本賞を獲得した。吉祥寺の映画館で。

舞台は1969年、ベルファストのプロテスタント住民が多い地域。冒頭、カトリック住民への激しい襲撃シーンに、ガツンとやられる。雨の多い町は全編モノクロ。バリケードで分断され、緊張を強いられる毎日。
でも愛すべきやんちゃ坊主、9才で前歯に隙間があるバディ(ジュード・ヒル)の日常は、実にみずみずしい。初恋の少女の隣に座るため、テストで頑張って仲良くなる。クリスマスにサンダーバードの衣装をもらって大はしゃぎ。家族で観に行った映画「チキチキ・バンバン」は、そこだけ夢のように鮮やかなカラーで、名優の基盤を思わせる(テレビでは真昼の決闘やスタートレックも。ほかにもサブカルの小ネタが満載)。なにより周囲には、何かといえば道ばたに座り込んでおしゃべりする、貧しくもおせっかいなコミュニティがあった。
だからこそ、大切なものをすべて置いて、故郷を去る選択が痛ましい。古くはユダヤ、近くは香港やウクライナ。世界はなぜこうも残酷であり続けるのか。

ともにモデル出身というパーとマー(ジェイミー・ドーナン、カトリーナ・バルフ)が、ミュージカル俳優さながらで格好良い。特にマーが暴動のさなか、バディが盗った洗剤を返しに行くシーンの決然! そしてバディが「なぜ洗剤?」と問われ「環境に優しいから」と答える脱力との落差がいい。
アイルランド気質というべきか、はしばしのジョークも強靱だ。アルスター・フライを作りながら「コレステロール値でも一番はなにより」、「アイルランド人のおかげで世界中にパブがある」「生きるのに必要なのは電話とギネスとダニー・ボーイ」と言って、酔った叔母が熱唱するシーンの哀切。
なかでも元炭鉱夫のグランパ(キアラン・ハインズ)の人生哲学がいちいち滋味深く、いわく「算数のテストでは読みにくい数字を書け」。そんなおじいちゃんを愛し続けたグランマ(名女優ジュディ・デンチ)がアップになる、力強いラストシーンに泣ける。映像は細部まで丁寧で、ヴァン・モリソンの音楽もお洒落。

北アイルランド紛争は1972年血の日曜日を経て、1998年ベルファスト合意に至るものの、英国のEU離脱でまた不穏になっている。温かくて、やがて重い珠玉の1本だ。

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ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ

Huluで配信されたビリー・ホリディの伝記映画。ジャニス・ジョプリンが影響を受けたジャズ歌手だし、サスペンス色もあるとのことで劇場に足を運んだけど、なんとも散漫で、残念でした~ リー・ダニエルズ監督、ピュリッツァー賞作家のスーザン=ロリ・パークス脚本。新宿ピカデリーで。

2015年発刊のノンフィクションをベースに、連邦麻薬局長官ハリー・アンスリンガー(ギャレット・ヘドランド)が執拗にビリー(1984年生まれの歌手アンドラ・デイが熱演)を追い詰めたのは、ビリーが政府の圧力に負けずに「奇妙な果実」を歌い、黒人に対する凄惨なリンチを告発し続けたから、というのが主題。NYのクラブ「カフェ・ソサエティ」出演時の定番曲となり、1939年に録音されたこの曲は、確かに暗くて、ずしりと重い。
でもカーネギーホール出演をはじめ、華やかなスターだった一方、ビリーの私生活が無軌道を極め、酒と各種の麻薬でぼろぼろだったのも確か。厳しい差別に加えて、少女時代の劣悪な環境やパートナーたちの搾取・暴力に苦しんでいたとしても… 1959年に44才の若さで病没しちゃう人生そのものが壮絶過ぎて、反差別のメッセージは正直伝わりにくい感じ。

もうひとつのテーマが、黒人捜査官ジミー・フレッチャー(格好良いトレヴァンテ・ローズ)との、追う者・追われる者の立場を超えたロマンス。ジミーは原作でインタビューに答えたらしいけど、公式記録には残っていない人物とのことで、かなりフィクションなのかな。「オール・オブ・ミー」の切ないメロディー、そして地方巡業で2人がつかの間、安らぎを得るボートや草野球の情景は美しくて印象的だ。とはいえ、唐突に別れちゃうので、人間ドラマとしてはイマイチ。

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ノマドランド

2021年アカデミー作品賞の話題作を録画で。キャンピングカーに住み、日雇い仕事で食いつなぐ高齢者という過酷な暮らしを、淡々とドキュメンタリータッチで描いていて、なんとも重い。
閉山で廃墟になった街、主人公が眺める砂漠が、経済と福祉システムのひずみを突きつける。いったい世界に冠たる豊かな先進国は、どこで間違ってしまったのか。同時に、声高に告発するだけではない、精神の自由というものの抜きがたい哀しさを示して、胸が詰まる。脚本・監督はクロエ・ジャオ。

2017年のノンフィクションの映画化権を買い、制作、主演を務めたフランシス・マクドーマンドの、表現者としての覚悟のほどが凄すぎです。コーエン兄の奥さんで、メリル・ストリープに並ぶ大物女優さんなんですねえ。この人のドラマ「オリーブ・キタリッジ」も観てみたいかも。
ほとんどのキャストが実際の車上生活者というのも、リアルで見上げたもの。配給はサーチライト・ピクチャーズ。

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リスペクト

少し前にアレサ・フランクリン29歳当時の、ゴスペルアルバム録音風景を記録したドキュメンタリー映画で、「アメイジング・グレイス」の熱唱にわけもなく泣けた。こちらはその1曲に至る多難な道のりを描いた伝記映画。長編デビューというリーズル・トミー監督。TOHOシネマズ日比谷で。
正直、映画としての感興は今ひとつかな、と思ったけど、ジェニファー・ハドソンの説得力は期待通り。キング牧師の友人でもある人気説教師の父(フォレスト・ウェテカー)に言われるまま、客寄せに歌い、なんと12歳で出産。恋に落ちた夫(マーロン・ウェイアンズ)は周囲とトラブルばかりのDV野郎。売れたら売れたでストレスで酒に溺れ、味方であるはずの妹たちとも諍いを起こしちゃう。
黒人であること、女性であること、なにより未熟であること。環境の過酷、駄目な自分をさらけ出して、ひとり人間としての尊厳を求める思いが、あのアメイジング・グレイスだったんだなあ。もちろんエピソードはだいぶ加工されてると思うけど、メッセージには時代を超える普遍性がある。
R&Bの生みの親、アトランティック・レコードのジェリー・ウェクスラーに導かれ、南部フェイム・スタジオでのセッション「貴方だけを愛して(I Never Loved A Man〈The Way I Love You〉」で才能が開花するシーン、夜中に妹たちと名曲「Respect」をカバーするシーンにはゾクゾクする。

サウンドトラックの収録曲は以下の通り。

1. There Is A Fountain Filled With Blood 
2. Ac-cent-tchu-ate The Positive
3. Nature Boy
4. I Never Loved A Man (The Way I Loved You) / 貴方だけを愛して
5. Do Right Woman – Do Right Man / 恋のおしえ
6. Dr. Feelgood 
7. Respect 
8. (Sweet Sweet Baby) Since You’ve Been Gone 
9. Ain’t No Way 
10. (You Make Me Feel Like A) Natural Woman 
11. Chain Of Fools 
12. Think 
13. Take My Hand, Precious Lord 
14. Spanish Harlem 
15. I Say A Little Prayer for You 
16. Precious Memories
17. Amazing Grace 
18. Here I Am (Singing My Way Home) 

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サマー・オブ・ソウル

アレサ、ジャニスときて、こちら。1969年、NYハーレムで30万人を動員したフリーライブ・シリーズ「ハーレム・カルチャラル・フェスティバル」のドキュメンタリーだ。カッコいいパフォーマンスのジャンルは、ゴスペル、モータウンからラテン、ジャズまで幅広いけど、共通項はブラック。ハーレムの混沌と夏の日差しが、スクリーンに溢れて熱い。監督はアミール”クエストラブ”トンプソン。日比谷のシネコンで。

当時のニュース映像や丹念な証言インタビューで、社会状況を語る手際が秀逸。68年4月にキング牧師、6月にケネディ暗殺が起こり、11月にニクソンが当選。6~8月の6日間のフェスの最中、7月20日にもたらされたアポロ11号の人類史的ニュースに、「月に行くカネがあったら恵まれない人に使え」と反発する観客の声が強烈だ。

ライブ映像のインパクトは文句なし。ブルースマンB.B. King「Why I Sing The Blues 」の悲しみ、伝説Mahalia JacksonとMavis Staples「Precious Lord, Take My Hand」の絶唱、闘士Nina Simone「To Be Young, Gifted & Black」の怒りと誇り。 50年たって、世界はどれだけましになったのか。だからこそウッドストックにも出演したというSly & The Family Stone「Everyday People」の革新に、思わず喝采しちゃう。人種もジェンダーも超えていく、音楽のパワー。

共和党の異端児ジョン・リンゼイNY市長とブラック・パンサーの関係、ニューヨークタイムズの白人編集者エイブ・ローゼンタールの決断から、アフリカンファッションまで、情報量多過ぎ。おまけ映像( Stevie Wonder19歳!のやんちゃぶり)もあるから、エンドロールで席をたたないでね。サンダンス映画賞で審査員大賞受賞。サーチライト・ピクチャーズ製作。

以下、セットリストです。

Drum Solo / It’s Your Thing – Stevie Wonder
Uptown – Chambers Brothers
Why I Sing The Blues – B.B. King
(Knock On Wood – Tony Lawrence and The Harlem Cultural Festival Band)
Chain Of Fools – Herbie Man ftg. Roy Ayers
(Give A Damn – Staples Singers)
Don’tcha Hear Me Callin’ To Ya – Fifth Dimension
Aquarius / Let The Sunshine In – Fifth Dimension
Oh Happy Day – Edwin Hawkins Singers ftg Dorothy Morrison
Help Me Jesus – Staple Singers
Heaven Is Mine – Prof. Herman Stevens & The Voice Of Faith
Wrapped, Tied & Tangled – Clara Walker & The Gospel Redeemers
Lord Search My Heart – Mahalia Jackson & Ben Branch
(Let Us Break Bread Together – Operation Breadbasket)
Precious Lord, Take My Hand –Mahalia Jackson & Mavis Staples
My Girl – David Ruffin
I Heard It Through The Grapevine – Gladys Knight & The Pips
Sing A Simple Song – Sly & The Family Stone
Everyday People – Sly & The Family Stone
Watermelon Man – Mongo Santamaria
Abidjan – Ray Barretto
(Afro Blue – Mongo Santamaria)
Together – Ray Barretto
It’s Been A Change – Staple Singers
Shoo-Be-Doo-Be-Doo-Da-Day – Stevie Wonder
Ogun Ogun – Dinizulu & His African Dancers & Drummers
(Cloud Nine – Mongo Santamaria)
Hold On, I’m Coming – Herbie Mann & Sunny Sharrock
It’s Time – Max Roach
Africa – Abbey Lincoln & Max Roach
Helese Ledi Khanna – Hugh Masekera
Grazing In The Grass – Hugh Masekela
Backlash Blues – Nina Simone
To Be Young, Gifted & Black – Nina Simone
Are You Ready – Nina Simone
Higher – Sly & The Family Stone
Ending credit roll Have A Little Faith – Chambers Brothers

 

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竜とそばかすの姫

知人が声優で出演したアニメ「竜とそばかすの姫」を鑑賞。押田守監督。突っ込みどころはあるけど、傷ついた少女が自らを解放するドラマにジンとした。シネコンで。
高知の田舎町に住むすず(中村佳穂)は、幼いときに母を亡くし引っ込み思案になっていたが、世界50億人が参加する仮想空間Uで歌姫ベルに変身、大人気を博す。Uの暴れ者・竜(佐藤健)と心を通わすが、彼は心ない「正体探し」に追い詰められていき…

静かにすずを見守る人々の、語りすぎない距離感がいい。豪華キャストの父・役所広司なんかほとんど台詞無いし、数学オタクのチャーミングな親友ヒロちゃんの幾多りら(YOASOBI)も歌わない。しのぶくん成田凌に不思議な色気があり、カヌー部カミシンの染谷将太と吹奏楽部の人気者・ルカちゃんの玉城ティナが微笑ましい。合唱隊は森山良子、清水ミチコ、坂本冬美、岩崎良美、声が深い中尾幸世。

川や雨、雲のイメージが象徴的に使われるものの、映像は異なる作風のパッチワークで、ちょっと戸惑う。旬の才能の高度分業が、アニメの最先端なのかなあ。
現実世界は青山浩行・作画監督で新海誠ばりのリアルさ。一方、Uは作画監督が山下高明、プロダクションデザインが建築家エリック・ウォンで壮大なSF。そしてベルのキャラクターデザインはディズニーのジン・キムで、お城とかもまるっきり「美女と野獣」。うーむ。曲のクリエーターも複数起用していて、歌声ワンフレーズの公募企画まで。ちなみにメーンテーマは旬の常田大希。

ネット世論の暴力はありがちだけど、遠隔地にも伝わる真心というポジティブな面も描く。ネットはもう無かったことにはならないからね。
面白いだけに、クライマックスの虐待への対処に、違和感がぬぐえないのは残念。ここを丁寧にすると、流れが止まっちゃうということか。もったいないかな。カンヌのオフィシャルセレクション「カンヌ・プルミエール」部門でワールドプレミア上映されたそうです。

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