ブラックバード 家族が家族であるうちに

安楽死を選んだ母リリーと、最後の週末を過ごす家族の心の揺れ。録画で。
ゆったりしたタッチは好感が持てるけど、安楽死が合法化されている2014年デンマーク映画のリメイクのため、決断の尊重ありきに違和感をぬぐえない。心配な妹娘を励まして終わるあたりはまだしも、なぜか家族の集まりに混じっている長年の親友の存在は、よくわからんなあ。

キャストは高水準。母スーザン・サランドンの気の強さがマリファナを持ち出したりして、ウッドストック世代らしい。季節外れのクリスマスディナーを提案し、ドレスで着飾る姿も格好良いし。優等生の姉娘ケイト・ウィンスレットは普通の叔母さんで、オーラを完全に消しててびっくり。オスカー女優の初共演だそうです。不安定な妹娘ミア・ワシコウスカ、髭が男前の父サム・ニールも魅力的。
静謐な物語にぴったりの人里離れた海辺に建つお洒落な家、温室のある庭、荒涼とした風景が素晴らしい。米コネチカットの設定だけど、ウィンスレットの提案で自宅があるイギリスのチチェスターで撮影したそうです。2021年に亡くなったイギリスのロジャー・ミッシェルが監督。

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コンフィデンスマンJP プリンセス編

ご存じ古沢良太脚本のシリーズ映画化第2弾。2020年7月公開の前後に、第1弾から継続の三浦春馬、竹内結子の衝撃的な不幸があったけど、スクリーンの笑顔は永遠です。マレーシア・ランカウイ島リゾートのリッチ感、コンゲームの痛快もさることながら、騙すというより本当に欲しいものを差し出すダー子(長澤まさみ)の智恵に喝采。伏線回収の快感と、ミシェルの種明かしも効いてます。田中亮監督、録画で。

世界的大富豪フウ家の当主が隠し子ミシェルに全財産を譲ると遺言。ダー子は詐欺師仲間の遺児コックリ(関水渚)をミシェルに仕立てて、大芝居をうつが、反発する3きょうだい(揃って濃ゆいビビアン・スー、古川雄大、白濱亜嵐)に加え宿敵・赤星(江口洋介)まで現れて絶体絶命に。

おどおど少女から、可愛く賢いセレブへと開花する関水が鮮やか。すべて呑み込む執事の柴田恭兵、調子に乗っちゃう未亡人詐欺の広末涼子ら、芸達者な贅沢キャストが揃ってコメディを楽しんでいる感じがいい。「相棒」で個性的な弁護士役だった織田梨沙、存在感あるなあ。
主題歌はお馴染み髭男の「Laughter」。このシリーズは韓国版、中国版も製作するとか。羽ばたいてほしいものです。エンドロール後の階段落ちは意味不明だったけど…


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ミッドナイトスワン

草薙剛のトランスジェンダー役が絶賛され、日本アカデミー賞作品賞、主演男優賞などを得た話題作。ショーパブ群像の目を覆うばかりの侘しさ、底辺感と、対照的にバレエを踊る少女の美しい指先、圧倒的なみずみずしさが鮮烈だ。内田英治脚本・監督。録画で。

新宿三丁目で働く凪沙(草薙)は気が進まないまま、ネグレクトに遭った親戚の中学生・一果(服部樹咲)を預かる。当初はとげとげしているものの、徐々に互いの真情を理解。一果に群を抜くバレエの才能があると知り、凪沙はなんとかして応援したいと思うようになる…

主人公2人だけでなく、取り巻く女たちもみな生きるのが下手。オデットが象徴する深い哀しみが全編を覆って、息が詰まる。墜ちていくショーガール瑞貴(田中俊介)、酷い目に遭わされても一果が求め続ける母(水川あさみ)、息子の変わりように取り乱す田舎の母(根岸希衣)、裕福だけど世間体ばかりの親友の母(佐藤江梨子)。なかでも親友りん(上野鈴華)の運命は、その飛翔が美しいだけに衝撃だ。実年齢20歳なんですねえ。

問題はどれも根深すぎて、なんにも解決しない。それでも、殺伐とした街で凪沙と一果が肩寄せ合い、手作りハニージンジャーソテーを食べるシーンが、なんとも温かくて感動を呼ぶ。そして大詰め、成長した一果が凪沙を思わせるトレンチコートにハイヒールといういでたちでコンクールに臨む凜とした姿に、えもいわれぬ解放感がある。エンタメとして成立してます。
印象的なピアノは音楽の渋谷慶一郎。バレエ教師・真飛聖のたたずまいのモデルは、監修した千歳美香子だそうです。

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ドロステのはてで僕ら

劇団ヨーロッパ企画によるオリジナル長編映画。知的なSFの設定を、このうえなくくだらない小市民ドタバタで笑わせ、ほんわかファンタジーに至る。名作「サマータイムマシン・ブルース」の路線、好きだなあ。ご存じ上田誠の原案・脚本、山口淳太監督。録画で。

カフェのマスターが上階の自室にいて、突如モニターに映った「自分」から話しかけられる。いわくカフェにあるモニター経由で会話ができていて、そこは2分後の未来だと。では、モニター同士を合わせ鏡のようにしたら、もう少し先の未来に何が起こるかが見えるのでは?
ドロステ効果とは、画像のなかに同じ画像を延々描く「不思議な輪」のことで、語源となったオランダのドロステココアのパッケージも登場。と、聞いて、星新一のショートショート「鏡」を思い出した。未来を知ることで得をしたり、トラブルに巻き込まれたり。結局は、知らないことで開ける未来を信じたい…

シーンの繰り返しだの、虫のおもちゃのガチャガチャだの、緻密な伏線とトホホ過ぎる道具立てが、この劇団らしくて楽しい。映像は手持ちカメラ、ワンカット長回し風。「時」がテーマだけに、リアルタイム感が効果的だ。エンドロールでは愉快なメイキング映像をサービス。
気のいいマスター土佐和成と、はつらつ美容師・朝倉あきがいい呼吸。ほかに悪乗りするカフェのバイトや客たち、ちょっと間抜けなヤミ金コンビや時空警察コンビと、劇団メンバーが安定の演技だ。ロケ地は本拠地・京都の二条に実在するカフェだそうで、なんか文化祭感も。

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罪の声

原作は歴史に残る未解決犯罪、グリコ・森永事件で、脅迫電話の「子供の声」に焦点を当てた塩田武士のミステリ。その秀逸な着想を、しみじみ丁寧に描いた佳作だ。142分がちっとも長くない。
わけもわからず犯罪に加担してしまった者の葛藤。3人目の子供・曽根役の星野源の、優しさや恐れの繊細な表現に惚れ惚れする。才能ある人っているんだなあ。TBSドラマでお馴染み野木亜紀子脚本、土井裕泰監督。録画で。

2人目の子供・生島総一郎を演じる宇野祥平が、曽根と対照的な人生の悲惨を体現して怪演だ。一度踏み外してしまった者にとって、日本社会がいかに冷酷か。すんでのところで救い出されて、あの「罪の録音」が救いに転じる展開に涙。
もう一つの軸に、希代の劇場型犯罪に踊ったメディアの罪というものがあって、ストーリーが多角的になっているのも、いい。あのとき果たして、脅迫状が届くのを待ちわびなかったメディアがあったろうか。発生30年を機に事件を発掘していく記者・阿久津の小栗旬が、じわじわと曽根の探索に近づいていく過程のサスペンス、そして彼自身の悩み、成長の物語に引き込まれる。ちょっと猫背、独特のちゃらさがいいバランスだ。
ほかの出演陣も説得力たっぷりで、曽根の母に梶芽衣子(わけありでないはずがない)、回想の父に尾上寛之(誠実)、鍵を握る叔父に宇崎竜童(雰囲気あるなあ)、重要な証言をする板前に橋本じゅん(曲者)、総一郎の母に篠原ゆき子(ひたむき)、社会部デスクに古舘寬治(曲者2)ら。

謎解きに加え、ついには哀愁のイギリスにまで至るロードムービー的なスケール、そして凝りまくりの「昭和」再現も見事。これぞ映画の醍醐味という感じ。ちなみに犯人グループの造形は、有力な説のひとつらしいです。事件は2000年にすべての公訴時効が成立。いつか真相を語る人が現れるのだろうか…

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TENETテネット

年末は自宅で映画三昧。「ダンケルク」のクリストファー・ノーラン監督の、難解過ぎで話題だったSFを、録画で。はなから覚悟していたので案外、楽しめた。
派手なアクション、カーチェイスの一部に、時間を逆行する人や車や銃弾がまじるのが、内臓がふわっと浮くような違和感で実に面白い。いったいどうやって撮っているのやら。こういうことを発想して、実現してみせる才能というものが、まず凄い。

どうやら未来でエントロピー減少=時間逆行により大量虐殺ができる「アルゴリズム」が開発され、未来人と結託した在英ロシア人の武器商人(ケネス・ブラナーが貫禄)が現代で実行を画策、ということらしい。陰謀を阻止するための謎の組織TENETにスカウトされた、名無しのCIA工作員(ジョン・デヴィット・ワシントン、デンゼルの息子なんですね)と協力者ニール(ロバート・パティンソン)が大活躍する。
TENの回文であるタイトルが象徴するように、順行・逆行2つの時間軸(赤と青)による「挟撃」がテーマになっていて、同じシーンがまず順行、次に逆行の視点で繰り返され、頭がクラクラする。ほかにもキエフの巨大オペラハウスで、観客が全員失神しているとか、びっくりの絵が続々。

テンポが良く、情報も満載なので、演技を味わう暇がないけど、ストイックなワシントンに対し、人を食った感じのバディ・パティンソンが魅力的。そんな態度も実は謎解きになっていて、凝りまくりです。ブラナーに反発する妻キャット役のエリザベス・デビッキが、すらりとした肢体と勝ち気な表情で、目を奪う。オーストラリア出身で元バレエダンサーなんですねえ。

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鬼滅の刃 無限列車編

ついに観ました「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」。興行収入300億突破で日本歴代1位となった大ヒットを、アニメの再放送で予習して。原作吾峠呼世晴、プロデューサー高橋祐馬ら、ufotable(ユーフォーテーブル)脚本、外崎春雄監督。

うなされそうな鬼の造形の恐ろしさとか、人食いの残虐シーンとかは、アニメでだいぶ免疫ができていて、緻密すぎる絵の美しさ、炭治郎の無私の優しさが際立つ。
アニメで感心した「生まれながらの鬼はおらず、死に瀕して贖罪の思いを抱く」という、王道ジャンプを超える「救済」の要素は健在。加えて、煉獄さんの母から受け継いだ壮絶な使命感、後進に希望を託して笑いながら力尽きる姿に、前評判通り、思わず涙。不死身でないからこそのヒーロー。
畳み掛ける「全集中」の迫力と、キャラの過去に迫る静かな回想シーンとの、緩急のリズムが感情を揺さぶるのは、音響がいい劇場ならではですね。日輪の耳飾りがヒラヒラするとか、細部の動きも目を引く。

鬼の仕掛ける罠が、「夢の世界への逃避」という設定は、人間心理の闇を突きつけて、相変わらず深いなあ。そして炭治郎の無意識領域の、ウニ塩湖並みに広々と曇りない風景、ラスト煉獄さんを失ったときの大粒の涙が、胸に染みる。
ストーリーとしては完結したコミックス23巻中、8巻の途中までしか描いておらず、伏線だらけ。まだまだ楽しめそうです…

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スパイの妻

知人がプロデューサーを務め、ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を獲得した話題作をシネコンで鑑賞。ヒッチコックのような上質のサスペンスで映画らしい感興に富み、2時間近くを全く長く感じさせない。
何と言ってもヒロイン蒼井優の、振れ幅の大きい演技が素晴らしかった! 黒沢清監督、濱口竜介・野原位・黒沢脚本によるNHK8Kドラマの劇場版。

1940年、貿易会社を経営する優作(高橋一生)は、仕事で甥の文雄(坂東龍汰)と満州に渡り、謎の女(玄理)を連れて帰国、有馬温泉に仕事を世話する。疑心暗鬼の末に真意を知った妻の聡子(蒼井優)は、大きな決断をして…。大戦前夜の港町神戸、六甲に立つ洋館のレトロモダンな雰囲気と、クラシックなセリフ回しがまず端正だ。よくぞここまで作り込んだなあ。

これは聡子が「閉じ込められたところ」から出てくる物語だ。箱から、病院から、そして山の手の奥様という平穏で贅沢な暮らしから。それにつれ、顔つきがどんどん変わっていく。秘密のフィルムを見つめる目の恐怖、覚悟を決めてオープンカーで森を疾走するシーンの開放感。可愛いだけの人形だったのに、夫のためには犠牲をいとわない、険しくも美しい女性へ。なんと鮮やかな変貌だろう。
対する優作は三つ揃いを着こなし、視野が広くて文化を愛するコスモポリタン。底が知れず、人を食った感じを演じたらピカイチの高橋が、最高のはまり役で惚れ惚れさせる。二人の二転三転する関係に的を絞ったストーリーだけに、蒼井・高橋コンビの演技力が光る。2人とも仕事の選び方が巧すぎ。加えて、夫婦を追い詰める憲兵分隊長・津森の東出昌大が、平板なんだけど狂気をはらんでゾクゾクさせる。

もちろん洒落た調度から印象的な音響まで、細部の作り込みも抜かりない。さらに映画(9.5ミリ「パテ・ベビー」とフィルム)がどんでん返しの重要な小道具になっているのが、とても洒落ている。実は「活動写真」や弁士の始まりは、神戸の鉄砲商なんだとか。素人映画にかぶさる「ショウボート」主題歌(脳天気なアメリカ!)や、夫婦が観に行く「河内山宗俊」(夭折した山中貞雄へのオマージュ)、そして金庫、アンティークなチェス盤から浜辺まで、随所に映画的感興があって楽しい。いやー、「お見事です」。

 

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劇場

又吉直樹の2017年の長編を、盤石の蓬莱竜太脚本、行定勲監督で映画化。主演の山崎賢人、松岡茉優の切なさが素晴らしい。
コロナで4月公開が延期となり、配給を松竹・アニプレックスから吉本興業に切り替えたうえで、7月に公開と同時にAmazonプライムビデオで世界同時配信に踏み切って話題となった。その配信で鑑賞してみた。

ストーリーはお馴染み下北沢が舞台。小劇場の劇団で戯曲を書く永田(山崎)と、服飾専門学校に通いながら女優を夢見る沙希ちゃん(松岡)の青春の恋と挫折。
山崎の面倒くさ過ぎる自意識、理屈っぽさと才能に対する強烈なコンプレックス、松岡の可愛さ、健気さは、まるっきり昭和の私小説。だけど役者2人の文句なしの色気、そしてラストの舞台につながる演出が見事だった。曽我部恵一のギターも染みます。
劇団仲間に顔立ちがはっきりしている寛一郎(佐藤浩市の息子さん)、何かと気にかける元劇団員でライターの青山にハスキーな伊藤沙莉。才能あふれる劇作家にKingGnuのボーカル、井口理がちょこっと登場し、劇場の観客でなぜかケラさん、吹越満らも(本人役)。

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