スリー・ビルボード

がつんとやられました。さえない中年男女たちが必死にもがき、それぞれの心の傷をさらけ出していく。暴力と炎と下世話さが満載なんだけど、どこかペーソスが漂い、切なくて可愛い。秀逸な脚本・監督は「ビューティ・クイーン・オブ・リーナン」などのマーティン・マクドナー。「ノマドランド」のフランシス・ルイーズ・マクドーマンドが主演で、まさかの攻撃を繰り出して圧巻のはまり役だ。思い切りよすぎでしょ。録画で。

南部ミズーリの町外れに、レイプ殺人の未解決を責めたてる3枚の看板が出現。被害女性の家族、警察や町の人々に波紋を巻き起こす。人生、悪いことしてなくても悲運は起こる。それでも生きていくしかないし、どうするかは「道々考えればいい」。いやー、深いなあ。

なにしろ俳優陣が揃って一癖あって素晴らしい。問答無用で突き進む被害者母のマクドーマンドが抱える、深い後悔。責められた側の署長ウディ・ハレルソンの色気と包容力。そしてレイシスト巡査サム・ロックウェルの屈折、ダメ男ぶりが、実に味わい深い。アカデミー助演男優賞受賞もむべなるかな。「スポケーンの左手」観たいなあ。

印象的なシーンもたくさん。マクドーマンドが焼けた看板を貼り直すくだりで、軽い調子で署長を「スポンサーだもの」というところ、広告業者の意外に骨があるケイレブ・ランドリー・ジョーンズがロックウェルにオレンジジュースを差し出して、ストローを向けるところ… 秀作です。

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バンクシーを盗んだ男

展覧会の予習で、録画を視聴。覆面アーティスト・バンクシーが2007年、パレスチナ自治区の壁に描いた「ロバと兵士」をめぐる顛末を追う英伊合作ドキュメンタリー。たっぷり時間をかけ、世界各地で多角的に取材していて、考えさせらる秀作です。マルコ・プロセルピオ監督、ナレーションはイギー・ポップ。

壁画はメディアや観光客を呼び、イスラエルが建設した高さ8メートル、全長450メートルの分離壁の非情を、世界に訴える効果を生む。賞賛の声の一方で、現地文化への無理解から市民の反発も招く。そうこうするうち地元ビジネスマン(なんとギリシャ正教徒)はマッチョな運転手ワリドらを雇い、壁をガシガシ切り取って売却。オークションをへて、重さ4トンの「コンクリートの塊」は行方不明になっちゃう。
殺伐としたベツレヘムの光景、そこで暮す人々の肉声が重い。有名な「花束を投げる男」を、手でコシコシしてはがしかけちゃうシーンとか。芸術家はどこまで現実を理解しているのか、アートは世界情勢に対して、どんな意味を持つのか?

そんな世界各地の「落書き」の現場から遠く離れて、自宅をアートでいっぱいにしているコレクターや、数千万単位の高値で取引する華やかなオークション、ギャラリーのセレブ感がなんとも皮肉。
ゲリラ的で、ときに反権力の痛烈なメッセージを放つストリートアート。いったい誰のものなのか、描いた現場で保護されるべきか。そもそも物質価値が不確かな対象に、巨額のマネーが動くアートビジネスってどうなのよ?
答えはでないんだけど、丁寧なつくりは刺激的だ。途中で挟まるアラブのラップが、なんか新鮮~

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ジャニス・ジョプリン

アレサの勢いにのって、今度はジャニスを鑑賞。こちらは2013年ブロードウェイミュージカル「A Night With Janis Joplin」の映画化です。物真似と侮るなかれ。ジャニス役の太っちょメアリー・ブリジット・デービーズ、そして女性黒人シンガーたちが熱唱に次ぐ熱唱で、ブルースを堪能する。テンポもよく、大音響で感激。年配多めの客席が、ノリノリなのも楽しい。
デビッド・ホーン監督。ガラガラのシアター東劇で特別料金3000円。残念ながら割引適用はなし。

歌をたっぷり聴けるのが、まずいい。ストーリーはあまりなく、一夜のショーの形式で、ジャニスを形作ったレジェンドたちとの「夢の共演」をたたみかける。エタ・ジェイムズのR&B「Tell Mama」、オデッタのフォーク「Down on Me」、ベッシー・スミスのブルース「Nobody Knows You When Youre Down and Out」、「幻の共演」女王アレサ・フランクリンのソウル「Today I Sing the Blues」「Spirit in the Dark」、そしてニーナ・シモンのピアノジャズ「Little Girl Blue」! アレサやニーナ役はアシュリー・テイマー・デイヴィスという人。

発見もある。67年モントレー・ポップ・フェスでの「Ball and Chain」や69年ウッドストック・フェスでの「Work Me,Lord」で、一躍ロックのアイコンとなり、1970年に薬物過剰摂取のため急死、享年27才。ジャニスの「伝説」は無軌道なヒッピー文化そのものと思ってたけど、そのイメージはもしかすると時代ゆえ。実はテキサスの白人中流家庭に育った、「絵を描くの好きなお嬢さん」だったんですねえ。
ケタ外れの才能で、精神は幼いまま大成功しちゃったジャニス。深い孤独を抱え、音楽的にはこれからという時に人生が断ち切られちゃった。「Summertime」の圧巻のシャウトが切ないからこそ(アレサのAmazing Graceに匹敵!)、ラストで皆で大合唱する「Mercedes Benz」の他愛なさが、なんとも染みます。

セットリストはほかに「Piece of My Heart」「Cry Baby」「Try」「Get It While You Can」「Maybe」「A Woman Left Lonely」「Half Moon」「Kozmic Blues(よい!)」「Trust Me」「To Love Somebody(よい!)」「Turtle Blues」などなど。ただブルースいいけど、朝聴くと勤労意欲は失せますな。
なんか大好きな「ローズ」をリメイクする計画もあるとか。ほー。「松竹ブロードウェイシネマ」の一作。

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アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン

ソウルクイーンの魂のAmazing Graceに、泣いたー。300万枚以上のヒットアルバムとなった1972年「Amazing Grace(至上の愛)」の、2夜にわたる公開録音を追ったドキュメンタリー。ル・シネマで前日19時以降にオンライン予約して鑑賞。
これがグランマのブラックチャーチというものか。会場はロサンゼルスのニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会で、アレサはクワイアをバックに、説教台とかで歌う。当時29歳、ナンバーワンヒットを持つスターなのに表情は固く、少女のよう。これはライブではない。ただ神に向かって「私はここにいる!」と声をあげ、着飾った聴衆たち(高アフロ率!)も、それぞれ自分のこととして陶酔していく。
アレサの声ってシャウトとか、ちょっと甲高い気がするけど、それくらいのパワーがゴスペルには必要なんだろうなあ。長~いフェイクは、さしずめ「りんご追分」。この才能、圧巻です。

冒頭On Our Wayで、サザン・カリフォルニア・コミュニティ・クワイアが一列になって歌いながら入場するのに、まずニヤニヤ。歌が始まってクワイアが後方で座ってるのは意外だったけど、盛り上がると立ち上がったり、踊ったり(映画「ブルース・ブラザーズ」でジェイムズ・ブラウンが、今作でも演奏されるOld Landmarkを歌うシーンで、バックを務めたそうです)。ディレクターの若いアレクサンダー・ハミルトンがガンガン踊るのは、いかにもゴスペル! 格好いいPrecious LordとYou've Got a Friendのメドレーは、ハミルトンのアイデアだったとか。

現在のクワイアスタイルを作ったというジェイムズ・クリーブランドが仕切り、ピアノや、アレサとの掛け合いを披露。ボス感満載なのに、Amazing Graceで号泣しちゃうんだよね。
2夜に登場するアレサパパの、親ばかスピーチはご愛嬌。隣に公然のパートナーで、アレサに影響を与えたというクララ・ウォードが陣取り、ラストのNever Grow Oldでは興奮したママ、ガートルード(マザー・ウォード)を取り押さえるシーンまで。家族揃って、まあ、なんというか。
バーナード・バーディ(ドラム)らバンドもドリームチームで、印象的なオルガンのケニー・ラバーはいきなりの代打ちだったとのこと。2夜の聴衆には、なんとミック・ジャガーとチャーリー・ワッツが。

この貴重な映像は、ワーナーが撮影を依頼したシドニー・ポラックの知識不足で映像と音をシンクロできず、長くお蔵入りになっていたんだけど、当時アレサを手掛けたジェリー・ウェクスラー(アトランティック・レコードのプロデューサー)の弟子にあたるアラン・エリオットが権利を買い取り、数年にわたってデジタル技術を駆使して完成。2018年のアレサ死去後になんとか遺族と合意して、公開にこぎつけたそうです。16ミリカメラ5台の映像は、ピンぼけもあって乱れているけど、それだけにリアルです。

人生は理不尽で、辛いもの。だから歌う!

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グリーンブック

2019年アカデミー作品賞を獲得したコメディ。黒人の天才ジャズピアニスト、ドクター・ドン・シャーリー(マハーシャラ・アリ)と、ブロンクス育ちのイタリア系用心棒トニー・ヴァレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン)の心の交流が温かい。手練のピーター・ファレリー監督。録画で。

1962年ジム・クロウ法下のアメリカで、黒人ミュージシャンがあえて、2カ月の南部ツアーに出る。腕っぷしを見込まれ、運転手に雇われたのがトニー。取り澄ましたインテリのドン(なにせ自宅はカーネギーホール階上の高級アパート、イタリア語も堪能)と、喧嘩上等ほぼチンピラのトニーという水と油のぶつかり合いが、まず可笑しい。
ひ弱ながら誇りを失わず、人種とゲイ差別を耐えるドンの凛とした姿。ケネディ家ともお友達です。対するトニーは貧しい育ちで大食いで粗野だけど、強烈な反骨精神の持ち主。いよいよってとき、ためらいなく威嚇射撃しちゃうシーンが格好いい。
フライドチキンやら、旅先から妻にあてる手紙やら、アップライトピアノに置いたウィスキーグラスやら、二人が違いを乗り越え理解し合っていくプロセスの、小道具が洒落てます。もちろん全編を彩る音楽も。ショパンからご機嫌ビーバップやソウル、エピソードとして語られるナット・キング・コールまで。音楽はクリス・バウワーズ。

黒人を取り巻く苦境は、50年たっても決して払拭されていない。「悪い警官」ばかりではない、というあたり、甘い!って憤る人も多いだろうけど、エンタメとして救いがあっていい。人生は複雑。でも人は決して孤独じゃない。クリスマスはみんなで祝うものなんだ。

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女王陛下のお気に入り

ギリシャ出身ヨルゴス・ランティモス監督の、18世紀初頭の英国王室を舞台にした大奥もの。アン女王とその寵愛を競い合う女2人の、身もふたもない俗な愛憎劇なんだけど、絢爛豪華な映像美と、緩急自在、鮮烈なタッチで、観るものを引き込む。録画で。

肥満の女王、オリヴィア・コールマンが圧巻の存在感で、アカデミー賞の主演女優賞を獲得。目を背けたくなるような愚鈍さのなかに、どうしようもない孤独と後悔を切々と。
とはいえ女3人のトリプル主演の趣もあり、アビゲイルのエマ・ストーンがまた凄まじい。落ちぶれた元貴族の娘で、宮殿に呼ばれた当初ははおどおどとし、賢くて誠実なんだけど、どんどん変貌。体を張ってアンに取り入ると、ライバルのアン側近サラに毒を盛り、好きでもない貴族と結婚し、ついにはアンをないがしろにし始めちゃう。ようやく登りつめて、音楽にうっとりするシーンの高貴さがたまらない。
対するサラのレイチェル・ワイズは、終始格好よく映画を引っ張る。男装で早駆けしたり、銃を練習したり。頭が切れ、アンを操って並み居る議員を向こうに回し、対仏戦遂行と苛烈な増税を主張する。アビゲイルの奸計で失脚後、アンに詫びようと手紙をしたためるものの、プライドがまさって反故の山となるさまの切ないことよ。人の内面はかくも複雑。

ほとんどのシーンは、現存するソールズベリー伯邸ハットフィールド・ハウスで撮影。なんとエリザベス1世が育った館で、映画ロケ地として有名らしい。長廊下など重厚過ぎる内装、凝った調度と衣装の数々に目を奪われる。なんだか本物感満載。産業革命前とあって夜の暗さも印象的で、若い貴族の男どもの軽薄さが際立ちます。まだ王に権力があって、貴族たちが宮廷内で議会らしき討論をするものの、最後はツルの一声、というあたりも面白い。

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殺し屋

腕利きながら、年をとってボロボロの殺し屋アッシャーが、愛する人のために闘う。
ストーリーはベタなんだけど、乾いた絵づくり、NYの街並み、無口だけどニヤリとさせるセリフが格好いい。ハードボイルドは字幕が楽って言うけど、これはこれで難しいよね。マイケル・ケイトン・ジョーンズ監督。DVDで。
主演のロン・パールマンがとにかくいかつくて、ヨタヨタしてて哀愁が漂う。恋人もごつめのファムケ・ヤンセンでバランスは悪くない。敵役に曲者リチャード・ドレイファス。
恋人がバレエ教師という設定で、BGMに美しいクラシックが挟まる。この落差は巧いなあ。

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カメラを止めるな

予算300万円ながら、口コミで興収30億円となった話題作。確かに可愛らしい。上田慎一郎監督。録画で。
37分ワンカットのB級ホラーは正直苦手だったけど、後半メイキングに転じてからが巧い。家族愛と同時に、決して華やかでない仕事でも発揮される、現場の底力ににんまり。考えたなー。
監督役は濱津隆之が飄々と。その娘、真魚の生意気な感じが、なかなかの存在感でよかった。監督の妻であり理解者、そして暴走気味の女優しゅはまはるみを、ずっと板谷由夏だと思ってました。面目ない…

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アリー/スター誕生

主題歌の大ヒットが懐かしい、1976年バーブラ・ストライサンド主演「スター誕生」の、また37年の元ネタからは3度目のリメーク。主演レディー・ガガ様の、切なくもパワフルな歌唱力を楽しむ。機内で。
片田舎のウエイトレス・アリー(ガガ)が、カントリーロックの大物ジャクソン(監督でもあるブラッドリー・クーパー)に見いだされ、結婚すると同時に、ポップスターの階段を上がっていく。痛快だし、ライブシーンなどにガガの才能と温かみが溢れて、説得力がある。
一方、ジャクソンはアリーと出会う前からアル中という設定。支えていた兄とも決裂しちゃって、泥沼にはまっていく。痛々しいものの、ダメな感じは色っぽいな。
音楽プロデュースはルーカス・ネルソン。ダイアン・ウォーレンらが曲を提供してるようです。

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ボヘミアン・ラプソディ

応援上映でブームとなったヒット作をシネコンで。ボーカル、フレディ・マーキュリーの苦悩の人生を描く。テンポの良い展開、ラストの壮大なウェンブリー・スタジアムのライブエイドと、「ユージュアル・サスペクツ」の監督ブライアン・シンガーの腕が冴える。
小学校高学年から中学という「クイーン世代」真っ只中としては、なんといっても名曲連打の力が随一。オペラ好きというのもイメージぴったりだ。
とはいえクイーンといえば王子様ロジャー・テイラーと哲学者ブライアン・メイと思っていたし、フレディは単にインド系としか認識してなかったので、実はザンジバル島(イギリス保護区、現在はタンザニア)生まれのペルシャ系パールシー(ゾロアスター教徒、タタですね)で、インドの寄宿学校で育ち、ザンジバル革命の混乱からイギリスに移ったという複雑さにびっくり。移民、宗教、LGBTと現代的な要素がたっぷりで、スターゆえの人生のゆがみが悲しい。
ステージングがそっくりで、絶賛フレディ役のラミ・マレックのほか、温かく見守る元恋人メアリーのルーシー・ボイントンや父母、猫たちが印象的。最後の恋人ジム・ハットンのアーロン・マカスカーもいい味でした~

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