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2024年4月

アメリカンフィクション

評判をきいてアカデミー賞脚色賞受賞作を録画で。「不適切にもほどがある!」じゃないけれど、政治的正しさに対する風刺が満載の、ちょっと知的なコメディで面白い! どこまでがフィクションかわからなくなる幻惑的な、でもけっこう爽やかなラストも凝っている。コード・ジェファーソンはドラマ版「ウォッチメン」などの脚本家で長編初監督だし、オライオン配給だったけど日本では劇場公開無しで、アマゾンプライムの独占配信だし、と、いろいろ話題です。

主人公の純文学作家セロニアス・「モンク」・エリソン(ジェフリー・ライト)はインテリ中年男。高踏的な自作は鳴かず飛ばずなのに、白人がイメージする黒人の「リアル」(貧困と犯罪)を描いた小説はヒットして、いたくプライドが傷つく。病院で執拗に金属探知機をあてられるとか、差別は相変らずなのに、副業の大学で南部文学を語るのにNワードを使っただけで責められる。
モンクが頭にきて、偽名でベタな黒人小説「My Pafology」(Pathologyの黒人風言い回し)を出版社に送りつけたら、なんと大ウケ。タイトルをFワードにしろと無理難題をふっかけるけど、ますます受けて、映画化のオファーまで…というドタバタ。想定外の好反応に、いちいちがっくりくるモンクがチャーミングだ。
あげくモンクが審査員に起用された文学賞で、Fワードの小説が受賞しちゃって、著者としてスピーチをするハメに。表面的な評価しかできない文学界の裏、エンタメを差別の免罪符にしている世間の欺瞞を、存分にからかってます。
さりげなく壁にゴードン・パークスの写真「DollTest」(1940年代のクラーク夫妻の心理テスト)が掛かっていたり、偽名は「キレる黒人犯罪者」の代名詞スタッガー・リーのもじりだったり。敬語を使い、ランチで思わず上品な白ワインを注文すると「黒人らしくない」と驚かれるとか、小ネタ満載(たぶんわからないネタもあるんだろうなあ)で笑える。笑いながら、自分も世間のひとりだなあ、とちょっと反省。

原作はパーシヴァル・エヴェレットの2001年の小説「イレイジャー」。ラストのメタ構造などは映画オリジナルだそうで、原作の悲惨な要素を抑え、ヌルくなっているという批判もあるらしい。でも隣の弁護士コラライン(エリカ・アレクサンダー)との不器用な恋、老母の介護やゲイの兄弟(スターリング・K・ブラウン)との葛藤、妹リサの遺書のシーンなどなど、ドラマ要素が素直に染みて、巧いと思うな。
モンクがFワード小説を書く過程も面白い。書いているシーンがリアルに立ち現れ、登場人物が作家に「この話に意味があるか?」と問いかける。たとえ悪ふざけで書いたとしても、なにかしら作家の心情が投影される、創作の深淵。

ちなみに映画化を持ち込む胡散臭いプロデューサーの「『オスカー狙いの』というセリフがあり、そういう作品のオスカー受賞は初」という説もあるそうで、「社会派ジョーダン・ピールなどエレベイテッドへのあてこすりは映画ならではのエッジ」(宇多丸)とも。モンクだけにジャズのサウンドトラック(ローラ・カープマン)もお洒落。

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オッペンハイマー

作品賞はじめ、アカデミー賞を席捲したクリストファー・ノーラン監督作。社会状況というより、原爆の父の内面をぐいぐい掘り下げていく。
全編を通じて不穏な「音」が怖い。特に戦勝祝賀会での、賞賛の足踏みの響きがオッペンハイマー(キリアン・マーフィーが熱演)の心をさいなみ始めるあたり、映画ならではの表現だ。
被爆国日本の運命、いまも続く軍拡競争(連鎖反応=チェーンリアクションがキーワード)を思えば、3時間、胸がざわつきっぱなしで、強烈だけど、決して気持ちの良い映画体験ではない。ユニバーサルの配給権を持つ東宝東和ではなく、ビターズ・エンド配給といういわく付きでもある。シネコンで。

ストーリーはロスアラモス初代所長として原爆開発に突き進む経緯と、1954年に赤狩りの嵐で研究生命を絶たれちゃうオッペンハイマー事件を行き来する(カラーがオッペンハイマー視点、モノクロがストローズ視点)。練り上げられた複雑な構成で、3時間、緊張が続いて効果的だ。
主題であるオッペンハイマーの造形は、根っこでは政治や軍に距離をおきたいピュアさを持つ。一方で、不倫の泥沼、尊大な態度など、他者につけこまれがちな弱さ、醜さも盛りだくさんで、その描写は容赦ない。特に若き日の英ケンブリッジ大での林檎のエピソード、独グッティンゲン大に転じてからの天才ハイゼンベルクとの遭遇は、原点としてのコンプレックスや焦りを印象づける。原爆開発の大国家プロジェクトを率いたとき、ユダヤ人だけにナチスを止める使命感があったのは確か。でも、それだけではなかったのではないか。
ロスアラモス建設の壮大さ(制作費1億ドル!)、人類初の核実験トリニティのシーンには高揚感があるものの、戦後、オッペンハイマーが水爆開発に反対してからは、トルーマン(ゲイリー・オールドマン)に「泣き虫」とばっさり切り捨てられ、野心満々の原子力委員長ストローズ(アイアンマン!のロバート・ダウニーJr)にぐいぐい追い詰められてと、観ていて息苦し過ぎ。

この息苦しさの本質は、オッペンハイマーのダメダメな造形や陰湿な人間関係ではなく、やはり人類史を変えてしまう学問というものの宿命なのだろう。繰り返される破滅の可能性は「ゼロではない」。でも誰かが知ってしまったら、もうなかったことにはできない。
オッペンハイマーは晩年、フェルミ賞を受賞するんだけど、その物理学者フェルミはフェルミパラドクス(宇宙人はなぜ人類に接触しないのか)を唱え、宇宙スケールで知性というものを考察していた。人類に、知を制御する知恵はないのか? 量子物理学を受け入れず、時代遅れともくされた偉人アインシュタイン(トム・コンティが飄々と、「神はサイコロを振らない」ですね)がその苦悩、悔恨を理解し、オッペンハイマーと共有していた、という仕掛けだけが救い。あの重要シーンが、ちょっとひんやりした屋外なのは、好みだな~

ちなみに女性たちの造形も華どころか、とにかく暗くて、妻キティのエミリー・ブラントは、アル中になったりして存在感たっぷり。不倫相手ジーンのフローレンス・ピューにいたっては圧力が強烈。将校グローブスのマット・デイモン(おっちゃんになったな)、恩師ニールス・ボーアのケネス・ブラナーだけはどんな映画でも、いいもんなのがお約束。あと、商務長官就任の公聴会で、ストローズの陰謀をばらしちゃうフェルミの助手・ヒル博士のラミ・マレック(あのフレディですね)も痛快だった。最後に一度も登場しないケネディが美味しいところをもっていくのは、ハリウッドらしいなあ。

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