« 2022年12月 | トップページ | 2023年3月 »

2023年1月

イニシェリン島の精霊

演劇「イニシュマン島のビリー」、映画「スリー・ビルボード」などの曲者マーティン・マクドナーが監督・脚本。アイルランドの片田舎の島を舞台に、人と人が隔たることの残酷さを強烈にえぐり出す。拒絶されるという経験が、いかに人格を、人生を変えてしまうか。独特の意地悪さ、唐突な暴力、ブラックユーモアがまさにマクドナー節だ。劇場で。

舞台となる孤島は貧しくて、退屈で、住民は全員知り合いって感じ。でも時は1923年。おそらく1921年英愛条約に端を発した陰惨な内戦の終盤で、海を隔てた本土から銃声のようなものが聞こえてくる。今も決して終わっていない、隣人同士の殺戮というシビアな現実。
そんな遠景を考えると、物語はどこか寓話めく。主人公パードリック(コリン・ファレル)は、長年の友人でフィドルが巧いコルム(ブレンダン・グリーソン)らと、スタウトビールでうだうだするのだけが楽しみ。ところが突然、コルムが一方的に絶交を言い渡し、これ以上関わろうとするなら自分の指を切り落としていくと、常軌を逸したことを言い出して…

ファレルのさえない中年男ぶりが、情けなくも滑稽で素晴らしい。気の良い奴なのに、ブレンダンの意味不明の宣言によって激しく動転し、どんどん孤立し、闇へと落ちていく。絶対的拒否、排斥というものが引き起こす嵐。なぜこんなことになってしまうのか、誰にもわからない。少なくとも善悪では片付かない。舞台出身のグリーソンが難しい役を、淡々と知的に演じる。

島は架空なんだけど、ロケ地イニシュモア島の荒涼とした風景が全編を覆って、効果的だ。石灰岩の荒野、断崖、岩を積んだドライストーン・ウォールの農村…。タイトルは死を知らせる精霊バンシーのことで、重要なパーツは飼っているロバや犬。ザ・アイルランド! そもそも脚本は戯曲「アラン諸島三部作」の続編のアイデアなんだそうです。
主演はじめ、アイルランド出身で固めた俳優陣も充実。イノセントな隣人(個性派バリー・コーガン)の犠牲は悲しいけれど、賢くしっかり者の妹(ケリー・コンドン)は終幕で、ある決断をくだす… ディズニー傘下のサーチライト・ピクチャーズ配給。ゴールデン・グローブ最優秀作品賞受賞。

| | | コメント (0)

めぐりあう時間たち

METオペラのライブビューイング鑑賞を機に、原作映画をチェック。ニコール・キッドマン、メリル・ストリープ、ジュリアン・ムーアの女優対決で、時間・場所が異なる女性3人のある一日を描く。行ったり来たり複雑なんだけど、静かな映像から、それぞれの何不自由ない日常に潜む抑圧が伝わってきて、実に文学的だ。
監督スティーブン・ダルトリーがロンドンの演劇人で、トニー賞、ローレンス・オリヴィエ賞を各2回受けていると知って納得。「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」も良かったし。キッドマンは本作でアカデミー主演女優賞を獲得しているんですねえ。

原作はピュリッツアー賞を受けたマイケル・カニンガムの小説。1923年、ロンドン郊外のリッチモンドで療養中のヴァージニア(特殊メイクのキッドマン)は、才能と理解ある夫に恵まれているけれど、死のイメージにとりつかれていて、そんな内面を投影した「ダロウェイ夫人」の着想を得る。その「ダロウェイ夫人」を愛読する1951年ロサンゼルスのごく平凡な主婦ローラ(ムーア)は、親友キティへの思いに気づいて自殺しようと、ひとりホテルへ向かう。そして2001年ニューヨーク・マンハッタンの編集者クラリッサ(ストリープ)は50年代とは違い、自立して女性パートナーと暮らし、若いころ恋人だった小説家リチャード(エド・ハリス)の世話をやいている。しかしリチャードもゲイでエイズに侵されており、受賞パーティーを前に投身自殺。知らせを聞いて現れたのは、かつて夫や息子をおいて家を出た母ローラだった…

「花を買ってくる」というキーワードが、ウルフを起点につながっていく現代女性の心情を象徴。豊かさや家族という贅沢を自覚しているのに、才能や恋心を持て余していて、違和感、虚しさを覚えちゃう。親しい人の死に直面して、自らの身代わりのように感じ、なんとか生きていく。ウルフは結局、1941年に入水自殺しちゃうんだけど。「ある一日」から1カ所だけ外れるこのシーン、オフィーリアみたいで印象的です。1日の同時進行や響きあう感じは、物理的に見せるオペラ版のほうが明確だったかな。

| | | コメント (0)

« 2022年12月 | トップページ | 2023年3月 »