RRR

2022年アカデミー賞で歌曲賞をとった、インドのテルグ語ミュージカルアクション。呑み会で映画好きから改めて強く勧められ、録画で。2部制で3時間、一寸の隙もなく、エキストラ数千人という感じの大スケールのシチュエーションと、荒唐無稽で痛そうな戦闘が繰り広げられて、濃い。面白いけど、見終わって正直ぐったり。

監督は「バーフバリ」シリーズのS・S・ラージャマウリ。1920年代のデリー、大英帝国の徹底して横暴な総督スコット(レイ・スティーヴンソン)に立ち向かうスーパーヒーローふたりが、面倒な理屈は無し、とにかく超人的に暴れまくる。
かたや部族の少女救出のため、総督の大邸宅に乗り込む野生児ビーム(N・T・ラーマ・ラオ・Jr.)。なんと野獣たちを武器にしちゃうし、むち打ちされても朗々と歌って民衆を扇動しちゃうし、どんな大けがも謎の薬草でたちどころに治しちゃうし、いちいち痛快だ。総督の姪の金髪美人に恋しちゃうお茶目さも。
かたや独立運動の拠点に武器を届けるため、正体を隠し警官としてのし上がった男前ラーマ(ラーム・チャラン)。登場でいきなり1対5000人ぐらいの大乱闘。意外に読書家だったり、大義のためいったんは親友ビームを捕えて苦悩したり、なんかストイックで格好いい。ついには、なんと英雄ラーマ神の化身に! このふたりがいたら、武器いらないじゃん。

初対面のふたりがアイコンタクトで息を合わせ、列車事故から少年を救い出しちゃうとか、生身の破天荒なアクションに目を奪われるけど、やっぱり圧倒的に楽しいのは中盤の邸宅のパーティーシーン。「ナートゥ・ナートゥ(Naatu Naatu)」にのって二人が踊りまくり、イギリス人をぎゃふんと言わせる。なんと2021年にキーウで撮影したとか。
もちろん大フィクションなんだけど、いちおう実在の革命指導者がモデルと知って、またびっくり。タイトルは「Rise(蜂起)」「Roar(咆哮)」「Revolt(反乱)」のこと。エンドロールのダンスの背景に次々登場するどでかい肖像は、すべて独立の闘士たちだそうで、ナショナリズムぶりもインパクト大です。

| | | コメント (0)

温泉シャーク

クラウドファンディング1000万円突破というサメ映画。ちょっと縁があって足を運んでみた。渋谷の映画館で。
夏になるとWOWOWでサメ映画特集があるのには気づいていたけれど、観ようとは思っておらず、けっこう観客が入っているのにまずびっくり。おタクっぽく脱力系の笑いが穏やかだ。
1時間強、全編まあ、B級感が満載。「暑海市」で温泉客がサメに襲われる事件が相次ぐ。獰猛で妨害電波まで発する古代サメの大群が、なんと地中を自在に動き回っていた! あれよあれよとパニック、全市破壊命令、潜水艇でボスザメと対決…と、すべてが徹底的にチープ。
学生映画のような演技がまた強烈。やせっぽちでやたら発砲する警察署長(金子清文)、サメ退治で成長していく丸顔のダメ市長(藤村拓矢)、同行する可愛いサメオタク学者(中西裕胡)…。いちばん謎なのはほとんど口をきかず、超人的な身体能力でサメに立ち向かうマッチョ(椎名すみや)。いやはや。
脚本・監督の井上森人は、岡本太郎現代芸術賞にコントユニット「そんたくズ」で入選、自主怪獣映画選手権で優勝経験あり、とか。ますますわからない。テレビコメンテーターで熱海在住の巻上公一登場。

| | | コメント (0)

トノバン 音楽家、加藤和彦とその時代

お洒落で、才人で、飄々として、きら星のようなミュージシャンたちに影響を与えた加藤和彦の足跡を、ゆかりの人物へのインタビューでつづる。書籍「安井かずみがいた時代」で関心を持っていて、劇場へ足を運んだ。今は亡き高橋幸宏の言葉が、制作のきっかけだったとか。相原裕美監督。

70年代のサディスティック・ミカ・バンドは今聴いても格好いい。でも60年代に社会現象を起こしたフォークソングや、ミカ・バンド解散後の爛熟したヨーロッパ3部作などは正直、そう好みではない。だけど成功に全くこだわらず、多様なジャンルで創作し続けた才能に、改めて驚嘆する。
高中正義が「帰って来たヨッパライ」のイントロの新規性を解説。そうかー、コミックソングだと思っていたけど。いまでいうインディーズから深夜ラジオのオンエアをきっかけにオリコン史上初のミリオンヒットをたたき出し、海外に負けないライブのためにPA会社を設立。ミカバンドでは国内より先にロンドンで注目され、制作ではマルチテープを思い切って切っちゃうとか、時代を拓いていくエピソードにワクワクする。
なにせアルバムのたびにアラバマだのバハマ、ベルリン、パリだので、まず家を借りちゃうし、愛妻ミカのためにロールスロイスを購入。美食家としても一流と、格好良さは伝説だ。

華やかさの一方で、どこか寂しさもつきまとう。ミカはビートルズも手がけたプロデューサー、クリス・トーマスの元へ走り、その傷心を救った大きな存在、ズズ(安井)も病で失う。多くのミュージシャンに尊敬され感謝されながら、朝妻一郎、新田和長、松山毅らと徐々に疎遠になっていったらしい。少年時代から今いる場所に違和感を覚えていたよう、と語る盟友きたやまおさむの、最期を巡る言葉が悲痛だ。

多くのレコーディングに参加した坂本龍一(多分電話の録音)や、「結婚しようよ」のプロデュースを受けた吉田拓郎(ラジオかな)らの証言が貴重。個人的にはサイクリング・ブギで弾ける竹内まりやの映像にびっくり! 一緒に音楽番組を持っていたとは。

| | | コメント (0)

オッペンハイマー

作品賞はじめ、アカデミー賞を席捲したクリストファー・ノーラン監督作。社会状況というより、原爆の父の内面をぐいぐい掘り下げていく。
全編を通じて不穏な「音」が怖い。特に戦勝祝賀会での、賞賛の足踏みの響きがオッペンハイマー(キリアン・マーフィーが熱演)の心をさいなみ始めるあたり、映画ならではの表現だ。
被爆国日本の運命、いまも続く軍拡競争(連鎖反応=チェーンリアクションがキーワード)を思えば、3時間、胸がざわつきっぱなしで、強烈だけど、決して気持ちの良い映画体験ではない。ユニバーサルの配給権を持つ東宝東和ではなく、ビターズ・エンド配給といういわく付きでもある。シネコンで。

ストーリーはロスアラモス初代所長として原爆開発に突き進む経緯と、1954年に赤狩りの嵐で研究生命を絶たれちゃうオッペンハイマー事件を行き来する(カラーがオッペンハイマー視点、モノクロがストローズ視点)。練り上げられた複雑な構成で、3時間、緊張が続いて効果的だ。
主題であるオッペンハイマーの造形は、根っこでは政治や軍に距離をおきたいピュアさを持つ。一方で、不倫の泥沼、尊大な態度など、他者につけこまれがちな弱さ、醜さも盛りだくさんで、その描写は容赦ない。特に若き日の英ケンブリッジ大での林檎のエピソード、独グッティンゲン大に転じてからの天才ハイゼンベルクとの遭遇は、原点としてのコンプレックスや焦りを印象づける。原爆開発の大国家プロジェクトを率いたとき、ユダヤ人だけにナチスを止める使命感があったのは確か。でも、それだけではなかったのではないか。
ロスアラモス建設の壮大さ(制作費1億ドル!)、人類初の核実験トリニティのシーンには高揚感があるものの、戦後、オッペンハイマーが水爆開発に反対してからは、トルーマン(ゲイリー・オールドマン)に「泣き虫」とばっさり切り捨てられ、野心満々の原子力委員長ストローズ(アイアンマン!のロバート・ダウニーJr)にぐいぐい追い詰められてと、観ていて息苦し過ぎ。

この息苦しさの本質は、オッペンハイマーのダメダメな造形や陰湿な人間関係ではなく、やはり人類史を変えてしまう学問というものの宿命なのだろう。繰り返される破滅の可能性は「ゼロではない」。でも誰かが知ってしまったら、もうなかったことにはできない。
オッペンハイマーは晩年、フェルミ賞を受賞するんだけど、その物理学者フェルミはフェルミパラドクス(宇宙人はなぜ人類に接触しないのか)を唱え、宇宙スケールで知性というものを考察していた。人類に、知を制御する知恵はないのか? 量子物理学を受け入れず、時代遅れともくされた偉人アインシュタイン(トム・コンティが飄々と、「神はサイコロを振らない」ですね)がその苦悩、悔恨を理解し、オッペンハイマーと共有していた、という仕掛けだけが救い。あの重要シーンが、ちょっとひんやりした屋外なのは、好みだな~

ちなみに女性たちの造形も華どころか、とにかく暗くて、妻キティのエミリー・ブラントは、アル中になったりして存在感たっぷり。不倫相手ジーンのフローレンス・ピューにいたっては圧力が強烈。将校グローブスのマット・デイモン(おっちゃんになったな)、恩師ニールス・ボーアのケネス・ブラナーだけはどんな映画でも、いいもんなのがお約束。あと、商務長官就任の公聴会で、ストローズの陰謀をばらしちゃうフェルミの助手・ヒル博士のラミ・マレック(あのフレディですね)も痛快だった。最後に一度も登場しないケネディが美味しいところをもっていくのは、ハリウッドらしいなあ。

| | | コメント (0)

カラーパープル

ゴスペル仲間で話題の新作を鑑賞。1900年代前半の南部ジョージア州に生きた黒人女性を描いていて、もちろんストーリーはひどい差別、苦難の連続だ。でも、むしろ女優たちの肉感的な生命力、野太さが前面に出て、圧倒される。シネコンで。

監督は新鋭ブリッツ・バザウーレ。主人公セリー(ブロードウェイ版でも同役を演じたファンテイジア・バリーノ)は父に虐待され、10代で結婚させられたミスター(コールマン・ドミンゴ)にも奴隷のような扱いを受ける。唯一の支えだった妹ネティ(リトルマーメイトのハリー・ベイリーが可愛い)とも引き離され、なんとも悲惨。
でも反骨精神の塊であるソフィア(舞台版にも出たダニエル・ブルックス)が、セリーの諦念を揺るがしていく。お調子者の義息ハーポ(コーリー・ホーキンズ)と結婚、夫にも偉い白人にも向かっていく気骨が凄くて、刑務所にも入っちゃう。さらに、はすっぱでミスターの愛人だったんだけど、夢をかなえたキラキラのブルース歌手シュグ(ベテランのタラジ・P・ヘンソン)にひかれ、勇気とガッツに目覚めていく…
ほかに、ハーポの恋人になる歌手スクイークにグラミー賞歌手のH.E.R.、シュグの夫のピアニスト・グレイディには、ちらっとジョン・バティステ!

曲とダンスがご機嫌で、音楽は「グリーンブック」「リスペクト」などのクリス・パワーズ、振付は「ドリームガールズ」などのファティマ・ロビンソン。
日曜礼拝のゴスペル「Mysuterious ways」はタメラ・マンがリード。ソフィアの怒りを重々しく繰り返す「Hell,No!」、ハーポが沼地に家を建てるシーンの「Workin」はダンスが豪快。ビックバンドにのせ、町の人々がシュグの凱旋を噂する「Shugu avery」、そのシュグが酒場で盛り上がる際どい「Push Da Button」や、ラグタイム風にセリーを勇気づける「Miss Celoes Blues(Sister)」。やがて洋品店で成功したセリーが歌い上げる「Im Here」、ラストで大人になったネティ役のシアラも歌うバラード「The Color Purple」が感動的だ。私のイチオシはクインシーとアンドレ・クラウチによる、奔放なシュグが牧師の父と和解するデュエット「Maybe God is Tryin to Tell You Somethin」!

巨木など南部の風景は、重いけれど美しい。夢のような映画の世界に飛び込むシーンなどには爆発力がある。

作品自体に歴史があって、原作は1983年ピリッツアー賞を受けたフェミニスト、アリス・ウォーカーのノンフィクション。1985年の映画版を監督したスティーヴン・スピルバーグやソフィア役だった司会者オプラ・ウィンフリー、音楽を担当したクインシー・ジョーンズが、本作では製作に回っている。なんと前作で主演し、映画デビューを飾ったウーピー・ゴールドバーグも、助産師役でちらりと登場。その後、2005年にブロードウェイでミュージカル化。今回はその映画版リメイクだ。ストーリーも音楽も、ブラックカルチャーの思いが詰まっている感じ。

| | | コメント (0)

PERFECT DAYS

「ベルリン・天使の詩」のヴィム・ヴェンダースが監督、知人がエキストラで参加したと聞いて、劇場に足を運んだ。役所広司が東京の片隅に生きる、無口で丁寧なトイレ清掃員を好演。晴れでも雨でも、毎朝空を見上げて微笑む。孤独でワンパターンで清々しい日々を、お説教臭くなく描いて、心に染みる名作だ。1300円。
ワゴン車で聴く中古カセットはルー・リード、ザ・キンクス、ニーナ・シモン! ランチに神社の隅のベンチでサンドイッチを食べつつ、フィルムカメラで木漏れ日を録る。後悔も怒りもある。それでも自ら選びとった幸せのかたち。
脇がまた贅沢だ。気のいい同僚に柄本時生、入れ込んでいる相手に個性派アオイヤマダ、踊るホームレスに田中泯、家出してくる姪にみずみずしい中野有紗、週末に通うバーのママに石川さゆり、その元夫に三浦友和。ほかにも中古レコード屋店員が松居大悟、カメラ店主人が柴田元幸、ひとこと書評が渋い古本屋店主が犬山イヌコ、「朝日のあたる家」を伴奏するバー常連があがた森魚…
制作のきっかけは、渋谷区17か所の公共トイレを刷新する「THE TOKYO TOILET」を主導した柳井康治ファーストリテイリング取締役と電通の高崎卓馬が、ヴェンダースに短編PR動画を依頼したこととか。主人公の名「平山」をはじめ小津安二郎へのオマージュがにじむ。製作は Master Mind、スプーン、ヴェンダース・イメージズ。カンヌでは役所が日本人俳優として19年ぶり2人目の男優賞を受賞。

| | | コメント (0)

怪物

カンヌで脚本賞を獲った話題作を劇場で。不穏な空気のなか、3つの視点から徐々に明らかになっていく驚きの真相。いったい誰が被害者で、誰が加害者なのか。「大豆田とわ子」などの坂元裕二による、秀逸な脚本に引き込まれます。
そしてたどり着く、切な過ぎるラストシーン。あの線路は、どこへ向かうのだろう。公開前に亡くなった坂本龍一のピアノが、こんなにも染みるとは。監督は「万引き家族」などの手練れ、是枝裕和。川村元気らの企画・プロデュースで。

舞台は諏訪湖畔の小学校。シングルマザー早織(安藤サクラ)は息子・湊(黒川想矢)の異変から、学校に教師・保利(永山瑛太)の虐待を訴え、校長(田中裕子)らの誠意ない対応に憤りを募らせていく。一方、身に覚えのない保利は、むしろ湊の依里(柊木陽太)へのいじめを疑っていたが、早織も校長らも信じてくれず、追い込まれてしまう。
そして湊の視点に転じると、すべてが違って見えてくる。冒頭の火事や、衝撃的な自動車事故にどんな切迫が隠されていたか。少年の孤独と自己嫌悪、廃線跡の秘密基地のわくわく、淡い恋。ある朝、保利と早織はようやく自分たちの「正義」の見当違いに気づき、暴風雨をついて、ふたりの行方を追うが…

なんといっても柊木の存在感が凄い。撮影時、設定(小5)通りの10才ぐらいなんだけど、もって生まれた妖しさ、これ、同級生にいじられちゃうのもわかります。そして瑛太の、観る者をいらいらさせる造形が見事だ。一生懸命なんだけど不器用で、うまく立ち回れずに歯車を狂わせていく。こういう人、いるよなあ。
ワキも高水準で、ずっと無表情でいる田中が垣間見せる、絶望の深さたるや。サックスの伏線が効いています。ほかに保利のドライな恋人に高畑充希、依里の問題のある父に中村獅童。

| | | コメント (0)

BLUE GIANT

評判を聞き、石塚真一作・人気漫画のアニメ化を劇場で。ジャズの知識は皆無なんだけど、上原ひろみの音楽とピアノはさすが本物の疾走感。ほかにサックスはバークリー出身・馬場智章、ドラムはKing Gnuの前身に在籍したという石若駿。
盛り上がる演奏シーンは先に音を録って、後から絵をつけたとか。サックス奏者の息切れとか面白いけど、新海誠を観ちゃっているせいか、動きがちゃちいのは否めない。監督 は「名探偵コナン」などの立川譲、脚本は担当編集者の別名だというNUMBER 8。そもそも漫画で『ジャズを聴く」ってどんな感じなのかなあ。

知人が全編泣きっぱなしだったというストーリーは、仙台の高校生・宮本大がジャズサックス奏者を目指す成長譚。上京し、メンバーと出会ってバンド結成、最高峰ライブハウス「So Blue」への出演を果たす。クライマックス、入院中だったピアノ沢辺雪祈も加わってのアンコールは映画版オリジナルだとか。そのへんはベタなんだけど、ほかにこみいったエピソードが無く、ただまっすぐ理想を追いかける大の造形が、確かに魅力的だ。
声のキャストが贅沢で、大は山田裕貴、生意気な天才・雪祈は間宮祥太郎、人の良い努力家・ドラムの玉田俊二が岡山天音。

| | | コメント (0)

イニシェリン島の精霊

演劇「イニシュマン島のビリー」、映画「スリー・ビルボード」などの曲者マーティン・マクドナーが監督・脚本。アイルランドの片田舎の島を舞台に、人と人が隔たることの残酷さを強烈にえぐり出す。拒絶されるという経験が、いかに人格を、人生を変えてしまうか。独特の意地悪さ、唐突な暴力、ブラックユーモアがまさにマクドナー節だ。劇場で。

舞台となる孤島は貧しくて、退屈で、住民は全員知り合いって感じ。でも時は1923年。おそらく1921年英愛条約に端を発した陰惨な内戦の終盤で、海を隔てた本土から銃声のようなものが聞こえてくる。今も決して終わっていない、隣人同士の殺戮というシビアな現実。
そんな遠景を考えると、物語はどこか寓話めく。主人公パードリック(コリン・ファレル)は、長年の友人でフィドルが巧いコルム(ブレンダン・グリーソン)らと、スタウトビールでうだうだするのだけが楽しみ。ところが突然、コルムが一方的に絶交を言い渡し、これ以上関わろうとするなら自分の指を切り落としていくと、常軌を逸したことを言い出して…

ファレルのさえない中年男ぶりが、情けなくも滑稽で素晴らしい。気の良い奴なのに、ブレンダンの意味不明の宣言によって激しく動転し、どんどん孤立し、闇へと落ちていく。絶対的拒否、排斥というものが引き起こす嵐。なぜこんなことになってしまうのか、誰にもわからない。少なくとも善悪では片付かない。舞台出身のグリーソンが難しい役を、淡々と知的に演じる。

島は架空なんだけど、ロケ地イニシュモア島の荒涼とした風景が全編を覆って、効果的だ。石灰岩の荒野、断崖、岩を積んだドライストーン・ウォールの農村…。タイトルは死を知らせる精霊バンシーのことで、重要なパーツは飼っているロバや犬。ザ・アイルランド! そもそも脚本は戯曲「アラン諸島三部作」の続編のアイデアなんだそうです。
主演はじめ、アイルランド出身で固めた俳優陣も充実。イノセントな隣人(個性派バリー・コーガン)の犠牲は悲しいけれど、賢くしっかり者の妹(ケリー・コンドン)は終幕で、ある決断をくだす… ディズニー傘下のサーチライト・ピクチャーズ配給。ゴールデン・グローブ最優秀作品賞受賞。

| | | コメント (0)

めぐりあう時間たち

METオペラのライブビューイング鑑賞を機に、原作映画をチェック。ニコール・キッドマン、メリル・ストリープ、ジュリアン・ムーアの女優対決で、時間・場所が異なる女性3人のある一日を描く。行ったり来たり複雑なんだけど、静かな映像から、それぞれの何不自由ない日常に潜む抑圧が伝わってきて、実に文学的だ。
監督スティーブン・ダルトリーがロンドンの演劇人で、トニー賞、ローレンス・オリヴィエ賞を各2回受けていると知って納得。「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」も良かったし。キッドマンは本作でアカデミー主演女優賞を獲得しているんですねえ。

原作はピュリッツアー賞を受けたマイケル・カニンガムの小説。1923年、ロンドン郊外のリッチモンドで療養中のヴァージニア(特殊メイクのキッドマン)は、才能と理解ある夫に恵まれているけれど、死のイメージにとりつかれていて、そんな内面を投影した「ダロウェイ夫人」の着想を得る。その「ダロウェイ夫人」を愛読する1951年ロサンゼルスのごく平凡な主婦ローラ(ムーア)は、親友キティへの思いに気づいて自殺しようと、ひとりホテルへ向かう。そして2001年ニューヨーク・マンハッタンの編集者クラリッサ(ストリープ)は50年代とは違い、自立して女性パートナーと暮らし、若いころ恋人だった小説家リチャード(エド・ハリス)の世話をやいている。しかしリチャードもゲイでエイズに侵されており、受賞パーティーを前に投身自殺。知らせを聞いて現れたのは、かつて夫や息子をおいて家を出た母ローラだった…

「花を買ってくる」というキーワードが、ウルフを起点につながっていく現代女性の心情を象徴。豊かさや家族という贅沢を自覚しているのに、才能や恋心を持て余していて、違和感、虚しさを覚えちゃう。親しい人の死に直面して、自らの身代わりのように感じ、なんとか生きていく。ウルフは結局、1941年に入水自殺しちゃうんだけど。「ある一日」から1カ所だけ外れるこのシーン、オフィーリアみたいで印象的です。1日の同時進行や響きあう感じは、物理的に見せるオペラ版のほうが明確だったかな。

| | | コメント (0)

«スリー・ビルボード